震災と日本人 倫理学者 竹内整一 
連載(16) 第一原発吉田所長の職業意識は勝海舟型

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   福島第一原発で、地震翌日、原子炉を冷やすための海水の注入が1時間近く中断したとされる問題で、2011年5月26日、東京電力は、注入は中断しておらず、継続していたことが分かったと発表した。当初、首相官邸の了解が得られていないとの理由で、いったんは中断することにしたものの、第一原子力発電所の吉田昌郎所長の現場の判断で、注水は続けられていたのである。

   この問題をめぐっては、「首相の首」をかけての国会論戦にもなり、事実関係の説明や訂正が繰り返され、真相は今後の検証に待たなければならないところもありそうだが、それとは別に、吉田所長のとった判断や行動の是非が問題になっている。

   吉田氏については、以前から、「東京電力『福島第一原発』の反乱―東電本社幹部を怒鳴りつけた」(「週刊文春」2011年4月21日号)、「日本の運命を握るヨシダという男」(「週刊現代」2011年5月7・14日号)等と報じられており、その「高い職業意識」「強烈なプライド」「剛胆」「強い使命感」「親分肌」といった人物評が目立っていた。

   今回のことについても、福島原発産業医の谷川武氏は、「彼のたぐいまれなるリーダーシップはすでに報道されているが、『彼だからついていく』という人が危機的な状況の後も(現場に)残った。やはり、モラルの問題。ずっと(現場作業を)続けていく時に、『吉田さんのもとで頑張ろう』というのが、ほとんどの方の気持ちだ」(J-CASTニュース2011年6月1日)と述べている。

新撰組も「誠」を掲げて戦ったが・・・

   こうした危機的状況での現場における判断や行動の「モラルの問題」とは何か。まず思い起こされるのは、勝海舟の次のような態度である。

「行蔵(こうぞう)は我に存す、毀誉(きよ)は他人の主張、我に与(あず)からず我に関せずと存候(そうろう)」

   行動・出処進退は私のとるところ。誉めそしることは人のやるところ、私はそれには関知しない――。福沢諭吉に、江戸城開門の行動を批判されたときの海舟の返事であるが、この言葉は、自分がとらざるを得なかった行動への強烈な自負心に支えられている。吉田所長ならば、首相や本社や、あるいはマスコミが何と言おうが、海水注入を継続したのは、あの時とらざるを得なかった最善の策だ、ということになろうか。

   海舟ら、武士のモラルのもっていた強烈な自負とは、しかし、むろん「私」の利害ではなく、「無私」の「誠」におけるものである。幕末の勤皇派の思想リーダーであった吉田松陰は、最後、幕府によって処刑されるが、危機において事を動かし、他者を動かすことができるのは、ただ「誠」のみであると、「至誠にして動かざる者は未だ之れあらざるなり」という孟子の聖訓にみずからの生を賭けていた。

   最前線の現場での状況判断や人心掌握は、何らかの意味で、そうした「誠」のようなモラルにおいてのみ可能なものなのであろう。事故収束へと2700人の作業員を束ねる吉田所長の姿勢に、そのようなモラルを重ね見ることができるし、まさに「日本の運命を握る」現場リーダーとしての資質と器量に期待したいと思う。

   が、そのことを確認したうえで、あえて一言。今回の事態が、「海水注入、実は継続 福島第一所長 独断 報告せず」と報じられた(「朝日新聞」2011年5月27日)ように、いかにみずから一人責めを負うといった潔い「誠」であれ、それはややもすれば、「独断」、ひいては独善となる可能性もある。幕末の例でいえば、松陰の敵であった新撰組もまた、「誠」を掲げて、その最前線を戦った。「誠」は必要条件ではあるが、そのモラルから出た行動がかならずしも正しいということを保証するものではない。

   ましてや、今回の相手は、「はかりしれない」不気味で巨大な原子力である。政府と東電本社と現場がかようにぎくしゃくしていては、それに打ち勝つことはむずかしくなる。何としてでも総力を結集して、「はかりきる」以外にない。

   「週刊文春」(2011年6月9日号)は、「東京電力『工程表』吉田所長を無視して作られた」と報じている。報道のとおりだとすれば、政府・東電は、いったい何を考えているのだろう。吉田氏ならずとも「やってられねぇ!」と叫びたいところだが、そこを何とか歩み寄って、やりきってください。それもまた、「誠」です。


++ 竹内整一プロフィール
たけうち・せいいち/鎌倉女子大学教授、東京大学名誉教授。
1946年長野県生まれ。専門は倫理学・日本思想史。日本人の精神的な歴史が現在に生きるわれわれに、どのように繋がっているのかを探求している。著書『「かなしみ」の哲学』『「はかなさ」と日本人』『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか』『「おのずから」と「みずから」』ほか多数。3月25日に『花びらは散る 花は散らない』を新刊した。


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