西岡武夫参院議長が菅直人首相退陣を求める「倒閣宣言」を繰り返し、波紋が広がっている。三権の長の一人が他の長に辞めろという異例の事態に、「やむにやまれぬ行動」「いや、憲法にもとる」と政界はもちろん、マスコミも支持・批判に分かれて、激しい論争が続いている。
民主党出身の西岡氏は2011年1月8日発売の月刊誌に手記を寄せ、菅首相らを批判した。震災後は政府対応への批判を強め、5月18日付の産経新聞紙上のインタビューで菅首相に退陣を迫り、19日付の読売新聞には東日本大震災や東電福島第一原発事故への首相の対応を厳しく批判し、一刻も早く退陣するよう求める論文を寄稿。
確執が決定的になったのが諫早湾干拓事業問題
同日の定例会見で「サミット(主要8カ国首脳会議)には…日本の方針を語れる首相に出席してもらいたい」と退陣論を繰り返し、「私の言ったことが、与野党を問わず心ある同僚議員の行動のきっかけになれば」と、衆院での内閣不信任案の提出に期待感まで示した。その日夕、参院民主党有志議員の会の講演でも同様の論を繰り返し、出席した約20人から喝采を浴びたという。
これを「公憤」と受け取るのが野党だ。「感動と感銘を受けた」(古賀誠自民党元幹事長)と応じる。むろん、民主党内での反菅勢力の勢いが増すことへの期待がこもる。民主党内でも、小沢一郎元代表に近い議員が「やむにやまれぬ思いで主張されたということ」(輿石東参院議員会長)、「西岡氏の言うように政府は国民の思いを受け止めていない」(1年生議員)など、菅降ろしでの連携を期待する。
一方、民主党執行部は「国会で選ばれた行政府の長を参院議長が否定するかのような発言をするのは残念」(岡田克也幹事長)と批判。閣僚からも「議長は中立でなければならない」(中野寛成国家公安委員長)、「正常な形ではない」(北沢俊美防衛相)などと批判が噴出した。
三権分立の観点から批判が多いことは承知の上で、西岡氏があえて過激な発言を続ける背景分析も盛んだ。市民運動出身の首相と、世襲の保守政治家の西岡氏は「元々肌合いが違いすぎる」(民主党参院議員)。特に両氏の確執が決定的になったとされるのが、西岡氏の地元・長崎県の諫早湾干拓事業問題だ。2010年12月、首相は西岡氏らの反対を押し切り、開門を命じた高裁判決の受け入れを決めた。この際、西岡氏は事前の相談がなかったこともあって、「スタンドプレーありきの思いつきだ」と激しく批判した。
さらに、5月26日には西岡氏自身が、震災後の3月下旬に電話で首相と会う約束を取り付けたものの、直後にキャンセルされたことを暴露。諫早を含め、退陣要求加速の一因に「私怨」があるとの見方もある。
読売社説は西岡発言「おおむね妥当な見解」
西岡発言には、全国紙の論調もまっ二つに割れている。そもそも菅内閣退陣に比重を置き、西岡氏のインタビューや寄稿を掲載した産経と読売は、西岡氏に歩調を合わせる。読売社説(20日付)は、西岡発言を「おおむね妥当な見解」と評価し、「菅政権が十分機能しないのであれば、新たな政治体制を模索する必要がある」と踏み込んだ。産経も主張(21日付)で「民主党が機能しないのは、西岡氏が指摘しているように、菅首相に最高指導者の能力、資質が欠落しているところが大きい」と断じた。
これに対し、朝日が21日付社説で「立法府の代表が院としての決定もないのに、行政府の長である首相の進退を口にするのは看過できない」と批判した上で、「危機のさなかには、足を引っ張るのではなく、力を合わせる。そんな当たり前のことができない政治のありさまには、うんざりしてしまう」と「倒閣」を批判。毎日は直接、西岡問題を取り上げてはいないが、24日付社説で「原発に政局持ち込むな」と、菅降ろし優先の野党の対応に苦言を呈している。
一般記事でも、産経は27日付朝刊で「広がる不信任同調の動き」との記事を掲げ、「民主党議員の大量欠席で不信任案が可決するシナリオが現実化しつつある」と分析して見せ、読売は同日、サミット・日米首脳会談の関連記事で、わざわざ「首相訪米 実現危ぶむ声 『菅降ろし』強まる」と書いた。毎日も、首相即時退陣には否定的で、一般記事でも「『菅降ろし』足踏み 内閣不信任案与野党に広がらず」(25日付朝刊)など冷ややかに報じている。
もちろん、朝日や毎日も無条件の菅首相支持というわけではない。朝日の星浩編集委員が、続投指示の条件として「次々と政策を打つ。…『通年国会』とする意気込みが欠かせない」(21日付朝刊)、毎日の与良正男論説副委員長も「菅さん自らが『通年国会にしよう』と言ってみたらどうだろう。そうすれば…捨て身の覚悟が伝わる」(25日付夕刊)と、両紙の論客が奇しくも同様の論陣を張っている。
西岡議長は5月30日夜のテレビ番組でも、首相の存在が与野党協力の実現を阻んでいるとして、菅首相の退陣を求めた。