大手全国紙のうち2社はほとんど電話取材
市役所3階の記者室を約2時間の間隔をあけて2回のぞいてみた。いずれも電気は消え、記者の姿はなく、2つある作業机と2つのテーブルの上にはパソコンなどもなかった。ある市職員によると、原発事故後、大手全国紙のうち2社は「市役所に記者が来たことは、あるにはあるがほとんど電話取材」、もう1社は「たまに来ている」そうだ。地元紙は頻繁に姿を見せている。
市役所1階は、被災証明などを取りに来た市民らがひっきりなしに出たり入ったりしていた。マスク姿の人の割合は、特別目立つというほどでもない。ある女性(61)は、一時福島市へ避難したが、「南相馬より(50キロ以上離れた)福島市の方が発表される放射線量の数字がなぜか高くて…」という理由からほどなく自宅へ戻ってきた。物資の状態については、「市外への買出しに行かなくても何とかなっている」という。市によると、人口7万1000人のうち、現在は約3万5000人が市内にいる。
視察から市役所へ戻った桜井市長にあらためて話を聞くと、市長は「国関係者もマスコミも、とにかく現地をみてほしい。現場の実情を認識し、事態は毎日のように変わっているということも知ってほしい」と静かに話した。
南相馬市などから避難した子どもたちが、避難先で「放射能がうつる」などと非科学的な差別を受けている実情もあると指摘し、「悲しくなります。こうしたことが起きないよう、何ができるのか、何をすべきなのか、多くの人に考えてほしい」とも訴えた。(文・J-CASTニュース編集部、写真・会田法行)