【フクシマ 苦悩の地はいま】 どぶろく起業家千栄子さん 「がんだって笑い飛ばしてきたけど…」

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   福島県内のどぶろく特区第1号は、「計画的避難区域」で揺れる飯舘村だ。「どぶちぇ」という。村内で農家レストラン茶屋を営む佐々木千栄子さん(65)が発案し、どぶろく作りに使う米の栽培から手がけ、販売もしている。しかし、いま存続出来るかどうかの瀬戸際に追い詰められている。

   心配するファンから、原発災害後も店の予約の問い合わせがきている。が、「お断りしている」。どぶろくは2010年にとれた米を使い東日本大震災前に仕込んだもの。今回の原発災害とは関係ない。なので、飛び込みで客が来た場合は販売しているが、茶屋を開き、どぶろく販売もいつも通りに行なう元気は出ないそうだ。「元気者」千栄子さんが「元気が出ない」とは異常事態だ。

反対だった役場担当者に何度も通いつめて説得

自身が仕込んだどぶろく「どぶちぇ」を手にする佐々木千栄子さん
自身が仕込んだどぶろく「どぶちぇ」を手にする佐々木千栄子さん

   村起こしのため特区許可の取得にも奔走した。「元気者」として知られる千栄子さんだが、今度の放射能には参った。「これまでどんな苦労も、夫婦2人のがんだって笑い飛ばしてきたけど…」と肩を落とす。2011年4月18日、自身の店「農家レストラン 気まぐれ茶屋 ちえこ」のいろりに腰かけながら語った。

   自身が酒好きというわけではない。6、7年前、飯舘村が合併論議の末、合併せずに独自路線を進むことが決まったとき、自分も何か村起こしの役に立てないかと思い立った。以前使っていた葉タバコ乾燥用の合掌造りの倉庫を改造し、茶屋を始めて数年が経っていた。

   報道で岩手のどぶろく特区のことを知り、「これは村起こしに役に立つ」と、早速行動開始。特区申請は個人ではなく村が行なう必要があった。当初は反対だった役場担当者に何度も通いつめて説得した。特区になれば、酒税法上決められた量以下の少ない量でも生産が認められる。「素人」でも特徴ある製品作りが可能になる。どぶろくの造り方は、福島県の技術講習会で勉強した。

   2005年に特区として認定され、06年に初めてのどぶろくを仕込み、販売を始めた。「どぶちぇ」と名付けた。甘酸っぱい香りの「我ながら自信作」だった。「どぶちぇ」は、「どぶろく」と千栄子さんの「ちえこ」をかけたものと思う人も少なくないようだが、「何でもロシア語で『みんなで楽しくお酒を飲んで盛り上がる』という意味のドブチェという言葉があるんだそうです」。役場担当者のひとりが教えてくれたという。

   特区取得構想に反対した役場担当者だが、次第にのってきて、後半には申請書類の山にうずもれてくじけそうになった千栄子さんを励ますようになった。

「参った」を3回も口にする

   その後、順調にファンを増やしてきた。首都圏から「今年もおいしかった」とお礼の手紙をくれる人もいるし、お花見シーズンには、福島市の1会場だけで500ミリリットル換算にして200本も売れるようになった。年間に造るのは500本程度だ。

   どぶろくもそうだし、茶屋で出す、近くで採ってきたタラの芽のてんぷらなど季節の素材を使った料理も喜んでくれる人が増え、千栄子さんの生きがいになっていた。3年前には乳がんになり、抗がん剤で一時は「毛が抜けて頭ツルツルでお店に出てた。楽しみにして店に来てくれる人がいるかと思うと休めなかったもの」。

   2010年には夫勝男さん(73)も肺がんと診断された。それでも明るく前向きに、どぶろくを買いにきたお客さんを茶屋のいろりへ誘い、サービスで手製和菓子やお茶をふるまい冗談話で笑いを誘っていた。

   しかし、福島第1原発事故が1か月を超える長期戦となり、すっかり様子が変わってしまった。「今日がどんなにつらくても、明日。明日がダメでも明後日は明るい未来があるって思ってずっと生きてきたのよ。でもね、放射能には参った」。笑顔を見せようとしても千栄子さんの表情はどこかひきつっていた。「参った」と3回も口にした。

「正しい知識で安心して食べて」

   2011年は原発事故の影響で米の作付けは村全域で見合わせとなった。どぶろくは、米も指定区域内で自身の手でつくる必要がある。「避難が仮に数か月で終わって、もう地元に帰っていいよ、って言われても、その後どうすればいいの。お米ないからどぶろくは作れない」。仕込みに使う井戸水をくみ上げるポンプも震災時に大きく破損したままだ。

   これまで順調に減らしてきた借金の返済も心配だ。来年は、そして、再来年なら大丈夫なのか。別の場所で再建?無理だ……。不安は尽きない。

「原発事故に対して言いたいこと? 原発に言っても言葉は通じないしね。みなさんにお願いしたい。うちのお酒のこと、というわけではないの。福島でつくって問題なく流通しているものは、正しい知識で安心して食べたり飲んだりしてほしい。危ないものなんて流通させないから」

   飛び込み客へのどぶろく販売が精一杯で、申し込みを受け付ける電話番号を記事に掲載することにはためらいがあった。物流は問題ないが、「いつ避難を始めろって言われるか分からない状況だから」。ちなみに「気まぐれ茶屋 ちえこ」の電話番号は0244・42・1303。

   「どぶちぇ」は、ペットボトル500ミリリットル入り1050円、1リットル2100円、贈答用に同じどぶろくをビンに入れた「白狼」は720ミリリットル1600円。「ふたを開けた場合は早めに飲んで欲しい」。(文・J-CASTニュース編集部、写真・会田法行)

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