(17日大槌発=ゆいっこ花巻支部;増子義久)
鹿(しし)踊りの勇壮な太鼓の響きにびっくりしたのか、桜のつぼみが一輪、また一輪とほころび始めた―。17日、大槌町安渡小学校で開かれた「弔いお花見会」。前日の寒さがウソのようなぽかぽか陽気に誘われ、安堵地区の被災者が続々と集まってきた。この日も周辺地区では自衛隊による行方不明者の捜索が続けられている。
午前11時過ぎ、花巻市石鳥谷地区に伝わる春日流八幡鹿踊りが先陣を切った。演目は今回の大災害で亡くなった人々を供養する「一番庭」(礼舞)。弔いの歌が瓦礫(がれき)の上を流れていく。目を閉じ、手を合わせていた被災者たちが一斉に顔を上げた。気持ちを鼓舞するような激しい舞いにみんな身を乗り出した。
一転して、厳かな笛の音が…。国の重要無形民俗文化財の指定第1号でユネスコの無形文化遺産に登録されている早池峰大償(おおつぐない)神楽が登場した。神おろし(「御神楽奏上」)の舞に続いて、邪気を払う「権現(ごんげん)舞」が披露された。獅子頭(権現さん)に頭を噛んでもらうと幸いが訪れると言われている。小さい子どもが舞台に駆け上がった。「もう津波が来ないようにって」。神楽衆の一人、阿部輝雄さんは「災害以来、すべての公演を断ってきた。少しでも元気を取り戻してもらえれば」と言った。
あちこちに小さな輪ができている。控えめに手拍子を取る人、権現さんに手を合わせて拝礼する人…。お酒が振る舞われると、少しずつ口元がゆるんできた。「俺たちは正真正銘の住所不定、無職っていうわけさ。でもな、前科はないぞ」と越田和男さん(67)。こんな軽口にも言い知れない苦渋がにじんでいる。越田さんをはじめほとんどの被災者たちは本当に家と仕事を失っているのだから…。
フィナ―レは地元・大槌の郷土芸能の「虎舞」。豊漁を祈願する舞で2頭の虎が舞台狭しと舞い踊った。「こんな時期だから恒例の祭りは全部中止。まさかこんな形で見れるなんて」と踊りの輪に加わる人も。「この囃子(はやし)歌を聞くともう、血が騒いで…」。
髭面だった白銀照男さん(62)がさっぱりした表情で舞台に見入っている。「実はちょうどこの日が1年前に亡くなった親父の1周忌だったんです。それで宮古にいる息子の所に行って、少し身ぎれいにしてきたんです」と白銀さん。今回の津波で行方不明になった母親と妻、娘さんの3人はまだ見つかっていない。埼玉から駆けつけた妹の恵美子さん(59)が涙を拭いながら言った。
「高校まで暮らしていた家はどこに流されてしまったのか、跡形もありませんでした。まだこれが現実なのか半信半疑の気持ちです。夢と現実との境目がまだ判然としないのです。この日が父の1周忌というのも何か不思議な因縁です。でも、母や兄の奥さんや姪っ子もこの日に一緒に供養できたと思えば、少しは気持ちの整理がつきました。郷土の伝統芸能をみんなあの世で見ていてくれてると思います」
だいぶ酒が回った越田さんが自分を奮い立たせるかのように「花は必ず咲くんだよ」と語気を強めた。近世史上最大の「南部三閉伊一揆」がこの地を駆け抜けたのは今から158年前。「この一揆は三陸沿岸の住民にとって大切な遺産として受け継がれてきた。その指導者は三浦命助という偉い人だ。俺も中学校の文化祭でその役を演じたことがある。沿岸の人間にはその血が流れている。だから、花は必ず咲く。いや、咲かせて見せるんだ」
今回の「弔いお花見会」は安渡地区の被災住民と「いわて・ゆいっこ」の共催という形で開かれた。閉幕に当たり、双方の名前で次のような「共同宣言」が満場一致で採択された。
共 同 宣 言
「衆(しゅう)民のため死ぬることは元より覚悟のこと…」―。今から158年前の嘉永6(1853)年5月19日、南部藩の圧政に抗して蜂起した「南部三閉伊(さんへい)一揆」の軍団はホラ貝を吹き鳴らしながら、田野畑、宮古、山田、大槌、釜石と三陸沿岸をかけのぼり、仙台領に越訴(おっそ)した。近世史上最大規模と言われたこの一揆を全面勝利に導いたのは、今回の大災害で壊滅的な被害を受けた沿岸各地の、1万6千人にものぼる農民や漁民のエネルギ―だった。
瓦礫(がれき)と化した荒野に立つ時、遠い過去の地鳴りのような雄叫(おたけ)びが足元から聞こえてくるような気がする。私たちは今ここに誇り高き先人たちの勇気ある行動を記憶の底から呼び戻し、この地の再興に向けて新たなる第一歩を踏み出すことを宣言する。目指すべき未来は沿岸と内陸、都市と農漁村とが共に支え合う国づくりである。
今なお、瓦礫に囲まれたままの安渡の地にも万古不易(ばんこふえき)のたとえの通り、桜の季節が巡ってきた。日本人が古来から愛してきた桜には死者の魂を癒(いや)す力があると信じられている。「全国同時花見」運動を開催するにあたり、私たちは犠牲になったすべての人々の霊前に鎮魂の舞を捧げたいと思う。
鬼剣舞や念仏踊り、鹿(しし)踊り、山伏神楽など岩手の地は「芸能の宝庫」と呼ばれてきた。その多くはたび重なる津波や飢饉・凶作でいのちを落としてきた人々を供養する芸能である。
すべての犠牲者のこころに平安あれ!この地の未来に光あれ!
2011年4月17日
大槌町安渡地区被災住民一同
ぼくらの復興支援「いわて・ゆいっこ」
(>>続きは以下の「ゆいっこ花巻支部」のブログでご覧ください)
http://hanamaki.yuicco.com/?eid=149
ゆいっこは民間有志による復興支援組織です。被災住民を受け入れる内陸部の後方支援グル―プとして、救援物資やボランティアの受け入れ、身の回りのお世話、被災地との連絡調整、傾聴など精神面のケアなど行政を補完する役割を担っていきたいと考えています。
岩手県北上市に本部を置き、盛岡、花巻など内陸部の主要都市に順次、支部組織を設置する予定です。私たちはお互いの顔が見える息の長い支援を目指しています。もう、いても立ってもいられない───そんな思いを抱く多くの人々の支援参加をお待ちしています。
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