スカイマークやスカイネットアジア航空といった新興航空会社の運賃は、日本航空(JAL)や全日空(ANA)といった大手航空会社(レガシーキャリア)に比べて割安だ。
この背景に、新興航空会社のコスト削減の努力があることはもちろんだが、国土交通省の指針で、大手は新興航空会社よりも安い運賃を事実上設定できなくなっていることは意外に知られていない。だが、この指針が出来たのは10年以上も前。「規制が競争をさまたげ、運賃の高止まりを招いている」との批判も出そうだ。
10年以上前に決められた「運用指針」が生きている
航空運賃は、国際線については国土交通省の認可が必要だが、国内線は、航空会社が運賃を決めて届け出る仕組みだ。国内線の運賃が認可制から届出制に移行したのは2000年2月の航空法改正の時だが、この時に決められた「運用指針」が、今でも航空会社の運賃設定に影響を及ぼしている。
この運用指針によると、一定の要件にあてはまった場合、国土交通省は、航空会社に対して運賃の変更命令を出すことができる。その要件のひとつが、「影響力を持っている航空会社が、別の会社が新しく事業を始めたときに、影響力を維持しようとして不当に運賃を下げる」(略奪的運賃設定)というもの。
航空会社が運賃を届け出る先の国土交通省航空局航空事業課では、
「原価を無視した届け出があった場合は、変更命令が行われる可能性があります。変更命令に向けた調査が始まるのを嫌ってなのか、最近は各社とも、そのような(新興航空会社よりも安い)運賃は出してきません」
と話しており、大手からすれば「仮に原価割れしていなくても、自主規制をせざるを得なくなっている」といった面もありそうだ。
新興航空会社は大手2社に比べ最大で4割安
実際の運賃を見てみると、例えば2011年3月27日の羽田発福岡行きの場合、搭乗3日前までの予約に適用される最も安い割引運賃(JALは「特便3タイプC」、ANAは「特割C」、スカイマークは「前割3」)は、片道でJALが3万1400円~3万2400円、ANAは3万1400円~3万2400円、スカイマークは1万8800円~2万1800円。同様に、羽田発宮崎行きの、搭乗28日前までの予約に適用される運賃だと、(JALは「先得」、ANAは「旅割」、スカイネットアジア航空(SNA)は「バーゲン28ランクA~B」)、JALは1万7600円~2万100円、ANAは1万7600円~2万100円、SNAは1万3600円~1万7600円と、新興航空会社は、大手2社に比べて最大で4割程度安い。
会社更生手続き中のJALに対しては、さらに制約が多い。同社に対しては、経営破たんから半月が経った10年2月5日付けで、国交省が
「公的な支援を受けている日本航空が、いたずらに運賃の引き下げを行うことは、市場における競争関係を歪めるおそれがあるだけでなく、短期的な運賃の引下げによって旅客の奪い合いを行っても構造的な要因の除去にはつながらず、日本航空の再生そのものが危惧される事態となりかねない」
とする文書を出している。この文書は、いわゆる「ダンピング批判」を念頭に置いたものだが、これがJALの運賃設定に影響を及ぼしている。
JALがANAより安い運賃提示は御法度
前出の国交省の担当者も、
「どうしてもダメだという訳ではないが、あまりにも安い運賃が示された場合は『こういう(文書が出ている)状況なので、考え直してはいかがですか』といったお話しをさせていただくことがあります。JALに公的資金が入っているという性質にかんがみたものです」
と、文書を根拠に事実上の行政指導を行っていることを明かしている。
文書には、「いたずらに運賃の引き下げを行うこと」というあいまいな書き方しかされていないが、国交省によると、実は具体的な運用方針まで決まっている。JALがANAと同額の運賃を提示した場合は、おとがめ無しだが、ANAよりも安い運賃が提示されると、「お話し」をすることになるのだという。確かに、例に挙げた2路線の運賃を見る限りだと、JALはANAと同額の運賃設定だ。
JALに対する制約は「最終的にはなくなる性質のもの。具体的にいつなのかは分からない」(国交省担当者)だというが、大手2社と新興航空会社の関係については、「10年間同じ運用、基本的に改めてはいない」(同)と、今後も変化の兆しはない。
大手2社が11年1月31日に発表した10年4~12月期の業績を見ると、JALは1586億円、ANAは777億円の営業利益を計上しており、一応は黒字基調だ。現状では、大手2社からは「原価割れしない範囲で競争力のある運賃を設定する」という選択肢が奪われ、消費者に不利益をもたらしている。運賃制度はこれでいいのか、議論になりそうだ。