諫早訴訟の上告断念、沖縄訪問、法人税5%下げ……このところ、菅直人首相が「政治決断」による指示を連発している。「これまでは仮免」発言が批判され、後に弁明した首相だが、案外本気の発言で「これから本番」とエンジンがかかってきたのだろうか。小沢一郎元代表の国会招致問題をめぐり党分裂の危機もささやかれる中、首相の「決断」は局面打開につながるのだろうか。
2010年12月16日午後、臨時閣議で法人税の実行税率を5%下げることなどを盛り込んだ11年度税制改正大綱を決定した。引き下げの方向性はすでに示されていたが、率について異論も出る中、12月13日夜に菅首相が「政治決断」した。官邸ブログの「(首相)直筆のページ」(14日)で自ら「政治決断し、関係大臣に指示した」と報告している。この「直筆ページ」は13日に始まったばかりだ。
関係閣僚の反対を押し切って
12月15日午前には、長崎県の国営諫早湾干拓事業をめぐる訴訟で、菅首相は「上告しないと判断した」と表明した。諫早問題については、「現地に何度も足を運んで、私なりの知見をもっておりましたので」と、自らの決断であることを強調。鹿野道彦農水相の反対を押し切っての決断とも報じられている。
12月9日には菅首相は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の県内移設について、沖縄を訪問して説明する考えを記者団に示した。訪問日程はその後17、18日と決まった。これも、「話し合いをする環境が整っていない」などと慎重姿勢をみせる仙谷由人官房長官らを「突破」する形で決めたようだ。
こうした菅首相の動きについて、ジャーナリストの鳥越俊太郎さんは、情報番組「スーパーモーニング」(12月15日放送、テレビ朝日系)の中で、「本気モードに変わった」と分析した。11月に横浜であったAPEC(アジア太平洋経済協力会議)のころは「精神的にも肉体的にも疲れた表情」だったが、臨時国会が12月3日に閉幕して以降、「これからやるよ」と意気込んでいるように表情が変わったという。「ふっ切れたのでは」とも見立てを披露した。
「パフォーマンス」と批判も
菅首相を巡る情勢は、少なくとも、ぱっと見には元気が出る情勢ではない。地方選は連敗を続け、12月12日投開票の茨城県議選では、公認候補の約4分の3が落選という「惨敗」を喫し、11年春の民主党の統一地方選に暗雲が垂れ込めている。
内閣支持率も下降を続けている。12月に入り、読売新聞の世論調査では25%(対11月比10ポイント減)、朝日調査は21%(同6ポイント減)、NHK調査25%(同6ポイント減)と、いずれも「危険水域」の30%未満となっている。
これに加え、国会招致をめぐる小沢氏周辺との溝が深まっており、週刊現代最新号(12月25日号)は、11年1月の民主党大会で「菅辞めてくれコール」が起こり、「退陣を余儀なくされる」と報じた。
こうした情勢の中、菅首相の「決断」連発は、支持率回復のための強気の一手なのか。民主党の渡部恒三・最高顧問は、これまで菅首相に「一番もの足りない」のが決断と実行だったとして、一連の首相の「決断」を好意的に受け止める発言をしている。一方、自民党からは「支持率向上のためのパフォーマンス」(石原伸晃幹事長)との批判が出ている。民主党内からも、特に諫早関連では、長崎県関係議員らから反対の声が挙がっている。
12月16日放送の「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS系)では、諫早訴訟の上告断念について、東京新聞・中日新聞政治部次長の金井辰樹氏が「下心が見えてくると……」と懸念を示した。01年、小泉純一郎首相(当時)がハンセン病国家賠償請求訴訟で控訴断念を決め、国民の支持が高まった例があると指摘し、今回の「上告断念」が政治的信念ではなく、小泉元首相の前例にあやかろうという気持ちがあるとすれば、ほどなく見透かされるだろうとの見方を披露した。
国VS被害者という構図だったハンセン病訴訟のときと違い、今回の堤防常時開門を巡っては、歓迎の声の一方で、上告断念を批判する長崎県や同県の農業関係者らが反発を強めている。菅首相の「強気の決断」が支持率回復や党内基盤の強化につながるかどうかは未知数だ。