長い間「国会対策費に使われている」として知られていた「官房機密費」の使途が、ここ半年ほどで、明らかになりつつある。野中広務・元官房長官や鈴木宗男・元内閣官房副長官といった政府の中枢にいた人物が、次々にメディアの取材に応じて寄稿したりしているためだ。国会対策費以外にも、選挙やマスコミ対策、ひいては北朝鮮のミサイル情報を得るために使用されていたことも明らかになっている。
内閣機密費は、正式には、「内閣官房報償費」という名前で、年間約14億6000万円の予算が組まれている。歴代の政権はその使途を明かしてこなかったが、2002年4月、共産党の「しんぶん赤旗」が、宮沢喜一内閣時代の使途を記したメモを暴露している。
発射実験の際イラン人科学者が立ち会った
1991年11月から92年12月にかけて、計78件の明細を集計したところ、国会対策費3574万円、パーティー券3028万円、餞別2043万円が使われていたという。ただし、このメモが仮に「本物」であったとしても、支出記録の一部に過ぎず、官房機密費の全貌が明らかになったことはなかった。
この状況を一変させたのが、2010年4月19日・20日のTBS「ニュース23X(クロス)」による野中広務・元官房長官のインタビューだ。
「総理の部屋に月1000万、衆院国対委員長と参院幹事長に月500万ずつ。歴代首相の分暮れに毎年200万」
などと、当事者として、その使途を初めて明らかにした。国会対策費以外にも、政治評論家にも渡っていたという。
野中氏に続く形で証言を続けているのが、収監が近い鈴木氏だ。鈴木氏が「新潮45」2010年12月号に寄せた手記では、機密費の使途が9ページにわたってつづられている。手記によると、鈴木氏が官房副長官に就任した翌月の98年8月になって、内閣参事官が100万円の札束が入った封筒を2つ置いていったという。この封筒は毎月初めに届けられたといい、受け取りのサインも不要。鈴木氏は
「この毎月200万円という現金は、大いに助かりました」
としながらも、
「政治活動に使うのであれば、政治資金として届けなければいけないし、個人で使うのであれば、所得として確定申告をしなければならないものだったのです」
と、反省の弁を述べてもいる。
また、当時は月に約1億4000万円の機密費が官房長官室の金庫に届けられたといい、歴代総理経験者4人に、盆暮れに1000万円を官房長官が自ら届けに行ったほか、国対委員長に月1000万円が手渡されていたと聞いているなどと証言。額は異なるが、使途は野中氏の証言と大筋で一致している。
また、
「国益にかなう機密費の使い方」
「今まで極秘にしてきた話」
として、中東の某国高官から
「(北朝鮮がイランに輸出したとされる)ノドン・ミサイルの性能、射程距離などの細かいデータの他、北朝鮮でのノドン・ミサイル発射実験の際、イラン人科学者何人かが立ち会った、という極秘情報」
を入手したエピソードも披露している。