尖閣映像流出をめぐり、警視庁などは取り調べていた神戸海上保安部の海上保安官(43)の逮捕を見送り在宅で捜査する方針を固めた模様だ。同保安官に対しては、「愉快犯だ」との指摘が出ているが、中国漁船衝突事件をめぐる政府の対応への海上保安庁関係者の不満や怒りを忘れてはならないとの指摘もある。
「この人ネ、勘ですよ、若干愉快犯に近い」「確信犯的な犯行であったとは言えないんじゃないか」。2010年11月16日朝、情報番組「スーパーモーニング」(テレビ朝日系)で、ジャーナリストの鳥越俊太郎さんは、捜査対象となっている保安官についてこう指摘した。
「やみくもに英雄視するのは問題がある」
鳥越さんは、「映像の内容を国民が知った方が良い」などの「理屈」は、映像を流出させて「大騒ぎ」になった後に考えたのではないかとの見立ても披露した。
また、朝日新聞のウェブマガジン「WEBRONZA(ウェブロンザ)」では11月12日、「投稿保安官は『愉快犯』」との見出しで記事が配信された。筆者は、かつて報道番組「ニュースステーション」(テレビ朝日系、現報道ステーション)のキャスターも務めた高成田享さんだ。
政府の不正を暴くという動機なら、「新聞社やテレビ局などのメディアで、その旨を伝えるべきで、(インターネットへの)投稿では、投稿者の意志が伝わるとは思いません」と指摘している。
同保安官を愉快犯とする見方は、英雄視する風潮への反発もあるのかもしれない。例えば石原慎太郎・東京都知事は、11月12日の定例会見で「秘密であったとしてもあの映像は公開すべきだと思うし、(流出を)やった人間は僕は愛国的だと思う」と話している。
11月16日の「スーパーモーニング」で、作家の落合恵子さんは、情報管理の規律の重要性を指摘し、「やみくもに英雄視するのは問題がある」と感想を述べた。
海保内の不満「爆発寸前だった」
英雄視するかどうかはともかく、今回の流出の動機は本当に「愉快犯」的なものなのだろうか。「官僚村生活白書」などの著書があり、海保取材歴も長いルポライターの横田由美子さんにきいてみた。
横田さんは、「愉快犯」との見方には否定的だ。底流には、一連の中国漁船衝突事件に対する政府対応への海保内の不満があったと指摘する。中国船船長逮捕に大臣がゴーサインを出しておきながら、結局は船長は釈放され、海保としてはハシゴをはずされた形だ。
さらに、自分たちの行動の「正当性」や「大変さ」を示せるはずの事件関連映像は、一般公開はおろか11月1日までは国会にすら開示されず、「命がけの捜査・撮影」は何だったのかとの怒りが「爆発寸前だった」のだそうだ。該当の保安官は、遠からず流出元が発覚し、職を失うことも視野に入れた上で行動した、と横田さんはみている。「突発的な思いつきで流出させたわけではない」というわけだ。
もっとも、海保内部では同保安官について、「自分に酔っている」「流出前から外部の人間(たとえばマスコミ関係など)と接触し、何らかの影響を受けたのではないか」などの厳しい見方もあるという。
それでも横田さんは、「愉快犯」説が広がることについては、自分たちの活動に対する政治家らの「無理解」への海保関係者の不満がうっ積している現状から目を背けることにならないか、と懸念を示す。
「英雄視して個人を過大評価してはいけませんが、愉快犯だとして問題を矮小化するのもおかしいと思います」
保安官本人は11月15日、弁護士を通じてコメントを発表した。「政治的主張や私利私欲に基づくものではありません」「今回の行動が、正しいと信じておりますが、公務員のルールとしては、許されないことであったと反省もしています」などとしている。