動画の流出で波紋が広がっている尖閣諸島沖での衝突事件で、海上保安庁の巡視船が衝突した相手は、「中国『漁船』」だとされている。だが、ここ数年で、中国海軍と漁船とのつながりが強まっていることが指摘されている。
2009年に米国の調査船が中国艦隊に妨害された時も、トロール漁船が妨害に加わっていた。中国で「英雄扱い」された漁船の船長だが、2回も衝突してくるなどの「民間人」とは思えない操縦ぶりから、軍の情報機関に関係しているのではないかとの見方も浮上している。
「民兵を使った方が深刻化する可能性も低い」
今回の衝突事件をめぐり、漁船と海軍との関連を指摘しているのは、2010年11月5日にニューヨーク・タイムズ紙(電子版)に掲載された「中国の民間船が紛争水域を乱す」と題する北京発の記事だ。
記事では、米国やアジア諸国の政府高官の話として、紛争海域で操業する中国漁船や、関連する他国船との紛争の数が増加し続けていることを指摘。日本が拿捕した中国漁船からは、明確な海軍とのつながりは確認されていないというが、外国政府当局者やアナリストは、「民間船が中国海軍と協力して活動している証拠がある」としている。
中国海軍には、装備の近代化で世界的なプレゼンスを増そうとする一方、漁船を「民兵」として、領海や排他的経済水域(EEZ)、沿岸地域防衛の一端を担わせようとする思惑があるようだ。在北京米国大使館で武官だったデニス・ブラスコ氏は、同紙に対して、
「民兵を使った方が、人民解放軍を使うよりも挑発的でないかも知れないし、事態が深刻化する可能性も低い」
と、その狙いを指摘している。また、米海軍OBのバーナード・コール国防大学教授が同紙に語ったところによると、中国海軍は福建省沖で軍事訓練を行ったが、
「漁船を使って活動する民兵を、より効率的に組織することが狙いなのではないか」
とみている。
実際、「海上民兵」の活動が活発化している様子は、少なくとも2年ほど前から伝えられている。
中国軍艦2隻が漁船から弾薬・燃料の補給を受ける
09年の米国防総省の報告書によれば、08年5月には、中国の軍艦2隻が浙江省沖で、民兵組織に属する漁船から弾薬・燃料の補給を受けている。また、09年3月には、米海軍の調査船「インペッカブル」が南シナ海の公海上で中国船5隻に異常接近されるなどの妨害行為を受けた。この5隻には、中国艦船以外にも、漁業監視船や、トロール漁船が含まれている。
軍と漁船が協調して妨害活動を行っていることが明らかになった形だ。また、漁船の船員は、米国側に対して下着を見せ、からかうような仕草を見せたという。この妨害行為については、前出のブラスコ氏は、
「中国政府は、自国の主権が及ぶと考えている地域を、軍隊と民間(の両方)が守る能力があるということを示そうとしたのでは」
とみている。
それ以外にも、今回の衝突事件の漁船と、軍や情報機関との関連を疑う声がある。衝突事件の直後、中国政府は丹羽宇一郎・駐中国大使を数回にわたって呼び出しているが、4回目に呼び出したのが戴秉国・国務委員(副総理級)。中国外交のトップでもある戴国務委員が自ら登場するのは異例だが、戴国務委員は、旧ソ連大使館員やハンガリー大使時代に「インテリジェンス畑」を歩んでおり、現在は人民解放軍の諜報部門を事実上統括しているとされる。このことから、「尖閣諸島で衝突した『漁船』には諜報機関の影があるからこそ、めったに表に出てこない戴国務委員が、わざわざ登場したのでは」見方も浮上している。
さらに、この漁船をめぐっては、(1)6~7人の船員が甲板に乗っていたが、衝突の直前に全員が船室に引き上げた(2)1回のみならず、2回も巡視船に接近する形で接触してきた、という点からも、「普通の漁船であるはずがない」との見方もある。