ケータイやパソコンの変換機能を使って、難読漢字を使う若者が増えている。文化庁の調査でもその傾向が現れており、それはある社会的メッセージだというのだ。
「ケータイなどを使うときは、確かに難しい漢字を使う傾向はありますね。先生には控えますが、学生同士のメールを転送してもらうと、『鬱』などの難読漢字もよく見ますよ」
国語ブームが起きていることも背景に
若者言葉に詳しい明海大学の井上史雄教授(社会言語学)は、こう明かす。
文化庁は、常用漢字表を約30年ぶりに改訂し、「鬱」などの追加196字を2010年6月7日に発表した。その際、16歳以上の男女6000人余を対象に追加の漢字について行った世論調査で、若者ほど漢字をよく好む傾向が分かってきた。
例えば、語彙の「彙」の字は、「漢字を使った方が意味は分かる」と答えたのが、60歳以上では、わずか15.7%。これに対して、16~19歳までの10代は、42.4%にも達したというのだ。全体では、「ひらがなのままがいい」がトップの14.3%を占めたが、30代、20代と年代が下がるほど漢字を好んでいた。
憂鬱の「鬱」についても同様で、使った方が意味は分かるとしたのが、60歳以上が36.8%だったのに対し、10代が52.6%だった。
もっとも、胃潰瘍など高齢者に関係が深い漢字については、回答が逆転していた。若者が漢字好きな傾向について、文化庁の国語課では、ケータイやパソコンの普及で漢字変換が簡単になり、難読漢字にも親しめるようになったことが理由ではないかとみている。
漢字について、「自信がない」という回答も全体的に減っている。これについて、国語課では、手書きの機会が少なく、芸能人クイズなどで国語ブームが起きていることも背景にあるとみる。また、漢字が読めないときの調べ方として、辞書に続いて、ケータイの利用が多く、全体の25%も占めた。
漢字にある種のカッコよさを感じている?
若者の漢字好きについて、前出の井上史雄教授は、変換のしやすさに加え、ある社会的な心理も影響しているのではないかとみる。
「若者は、漢字にある種のカッコよさを感じています。それは、壁の落書きに難読漢字を連ねた昔の暴走族の心理に通じるものですよ。今の若者は、ケータイでわざと難しい漢字を使っているんです」
それは、長引く不況などによる未来への絶望感も、ある程度関係しているという。未曾有の就職難が続いており、大学を卒業しても、フリーターにしかなれない若者がたくさんいる。そんな状況下で、いわば反社会的な行為として、難読漢字を多用しているというのだ。
井上教授によると、若者の「カッコよさ」として、使う言葉には2つの方向性がある。
1つは、アルファベットのカッコよさだ。その背景に、街頭の看板などで、商品名や会社名などにローマ字表記の横文字が増えていることがある。テレビ番組の影響もあり、「○○で」を「○○de」と使う学生がかなりいるという。自分の名前の後に「@会社名」などと、ネット特有のアルファベットを使うケースも多い。
井上教授はこれを「明らかなプレステージ(威厳)」と呼び、難読漢字を使う「隠されたプレステージ」と区別している。漢字好きには、英語も得意でないような学生も多く、アンチテーゼとして古めかしい漢字をわざわざ使っているとみているのだ。
もっとも、漢字好きといっても、手書きがうまいわけではない。「書けない」「書かない」若者もたくさんおり、書いても誤字が多いという。難読漢字は、あくまでも絵文字や顔文字のような「飾り」「アクセサリー」であり、本来の使い方はされていないのではないかとしている。