ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土を訪問した。旧ソ連時代を含めロシアの最高指導者として初という前代未聞の行為だ。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件をめぐる「弱腰」が指摘された直後とあって、「菅政権は足下を見透かされた」との指摘も出ている。
「大変遺憾」「極めて遺憾」――2010年11月1日午前、衆院予算委員会で菅直人首相と前原誠司外相は、ロ大統領が北方領土の国後島を訪問したことについて、報道を前提にこう答えた。ロシア政府からは事前通告はなく、この段階で政府は訪問の事実関係を確認できていなかった。
「足下を見透かされた」
メドベージェフ大統領は9月末、北方領土を「近く必ず訪れる」と宣言していた。「北方4島は我が国固有の領土」とする日本政府は訪問中止を要請していたが、完全に無視された形だ。日本政府へ事前通告もしないことからは、「『ロシア自国領内』を自由に行き来して何が悪いのか」という姿勢が見える。
「日中、日米とも(関係が)グラグラしている足下を完全に(ロシアに)見透かされた」。自民党の逢沢一郎・国会対策委員長は11月1日、ロ大統領の北方領土訪問について記者団にこう語った。
沖縄の米軍普天間基地移設問題が混乱したままで日米関係がしっくりしない状況の中、9月上旬には尖閣諸島沖で中国漁船による海上保安庁巡視船への衝突事件が起きた。中国漁船船長を逮捕すると、中国政府による日本の駐中国大使の未明呼び出しなど「外交儀礼上、非常に無礼」な事態に発展した。
船長を9月末に釈放、一件落着かと思われたが、中国外務省が日本へ謝罪と賠償を求めてきた。現在も10月末に菅首相が温家宝首相との公式会談をドタキャンされるなど影響が残っている。
菅政権の一連の対応を巡っては、経済界から安堵の声ももれたが、「弱腰だ」との批判も根強い。日経新聞などが10月末に行った共同世論調査では、内閣支持率が前回の9月から30ポイント以上も急落して40%となり、日経新聞は、小沢一郎・元民主党代表の国会招致問題とならび、中国漁船衝突事件への対応ぶりを急落の要因として分析している。
ロシアと中国が気脈を通じて日本へ揺さぶり?
それにしても、歴代ロシア最高指導者が長らく「控えて」きた北方領土訪問をメドベージェフ大統領はなぜ強行したのだろうか。
ロシアは12年に大統領選を控えており、「強い指導者のイメージを国内向けに発信」との分析もある。しかし、中国漁船衝突事件をめぐる菅政権の対応をみせられた後となっては、「野党」の逢沢氏でなくとも「菅政権は足下を見透かされた」とみえてしまっても不思議ではないようだ。
毎日新聞(11月1日電子版)によると、「あるロシア外交筋」は、ロ大統領の北方領土訪問について、「大きな影響は出ない」「日本が経済制裁に踏み切れるわけでもない」と話したという。「見透かされた」感がにじみ出るコメントだ。
また、中国とロシアは、ともに前原外相のそれぞれ別の発言を問題視している。10月末の日中首相公式会談が見送られた際、中国外務省幹部は香港メディアに前原氏を「日本の外務省の責任者」として名指する形でその発言を批判した。直前にあったクリントン米国務長官との会談で尖閣諸島をめぐり発言したことが「蒸し返す」行為に映ったようだ。
対ロシアでは、前原氏は09年10月、北方領土がロシアに「不法占拠されていると言い続ける」と発言した。当時、国土交通相で沖縄・北方対策担当相でもあった。ロシア政府は直後からこの発言を非難していた。
ロ大統領の北方領土訪問宣言が10年9月末だったことから、前原氏が10年9月中旬に外相に就任したことと関連があるのでは、とのうがった見方も一部で出ている。さらに、9月末の訪問宣言直前にはロ大統領が中国を公式訪問していることから、「ロシアと中国が気脈を通じて日本へ揺さぶりをかけている」との見立てもある。
11月1日午後、情報番組「情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)は、ロ大統領の北方領土訪問と尖閣中国漁船事件ビデオ公開問題とを合わせて紹介した。読売テレビの春川正明・解説委員は「自民党政権から民主党政権へ変わり、確固とした外交政策とか安全保障のビジョンとかがないというところを突かれて」こうした問題が起きている、との考えを示した。
前原外相は11月1日、ベールイ駐日ロシア大使を外務省に呼び、「厳重抗議」した。