国家公務員の給与法改正について、政府は人事院勧告(平均年間給与1.5%減)を超える引き下げを見送る方針だ。近く閣議決定する。菅直人首相は、先の民主党代表選の公約に「人事院勧告を超えた削減」を掲げていたが、あっさり断念した形だ。
「選挙控え労組に配慮」――勧告を超える国家公務員給与の引き下げを見送る方針を菅政権が「固めた」と1面トップで報じた2010年10月16日付の朝日新聞朝刊(東京最終版)は、見出しでこう指摘した。10月24日には、菅改造内閣発足後初の国政選となる衆院北海道5区補選が投開票される。11年春には統一地方選もある。
人事院勧告を上回る引き下げに踏み込むはずだった
人事院が今回の勧告を出したのは2010年8月10日だ。前09年度比で平均年収1.5%(9万4000円)を引き下げる、というものだ。同じ10日には、玄葉光一郎・現国家戦略相(当時は公務員制度改革相)が給与関係閣僚会議で、「国民の理解を得るためにも厳しい姿勢で臨むべきだ」などと勧告を上回る引き下げに踏み込むべきだ、との考えを示していた。
勧告通り実施した場合の削減額は約790億円だ。民主党が10年7月の参院選マニフェストなどでうたった「国家公務員の総人件費2割削減(13年度までに)」の実現には約1兆1000億円の削減が必要だが、給与削減に並ぶもうひとつの柱「大幅な公務員削減」は進んでおらず、目標削減額との開きは大きいままだ。ちなみに、09年の民間企業の平均給与は、国税庁まとめで08年比5.5%(23万7000円)減だ。1949年の調査以来、最大の減少幅となった。
菅総理は2010年9月1日、再選を目指し小沢一郎・元代表と争った民主党代表選で「公約」(立候補政見)を発表した。「行政の無駄削減は最優先で断行」の項目中、「国家公務員人件費の2割削減に向け、人事院勧告を超えた削減を目指すとともに、労働基本権付与を含めた公務員制度改革を加速させます」としていた。加速どころか、発表からわずか2か月弱で早くも失速したようだ。
「引き下げ幅拡大見送り」の理由について、10月16日付朝日新聞朝刊は、衆院補選や統一地方選を控え「有力支持団体の自治労などの反発を避けるべきだ」と慎重な対応を求める声が政府内にも出ていたことを挙げた。国家公務員の給与水準変動は、地方公務員給与の改定の指針になるため、当然自治労は強い関心をもっている。
自治労など有力支持団体が怖い?
同記事はほかにも、鈴木善幸内閣当時の「引き上げ勧告の実施凍結」を巡り訴訟が起きたという事例を踏まえた「訴訟になる危険性」や、参院で与党が過半数割れをしている「ねじれ国会」を見送りの要因として指摘している。
しかし、衆院補選は6月の段階で決まっており、ほかの要素も9月の代表選時には明白で、菅首相はそんなことは分かった上で代表選の「公約」を練って公表したはずだ。
今回の「見送り」について、元内閣参事官で嘉悦大経営経済学部の高橋洋一教授は「代表選・内閣改造からまだ日が浅いのに、出足から『約束』(公約)を破るのはまずい」と批判する。
さらに、そもそも人事院が調査・参考にしているのは従業員50人以上で中堅どころ以上の企業の一部で、「いわゆる中小企業や非正規雇用の人たち」は対象になっておらず、「(年収などの)数字が高めに出る」「全体像を反映していない」構造となっている点も問題だ、とする。
高橋教授は「中小企業なども調査対象にしている国税調査の数字を参考にするよう変更すべきなのに、それもやっていない」「高めで甘い人勧の数字をすら超える削減もできないようでは、公務員制度改革なんて本当にできるのか。もっとも私は最初から『できる』とは信じていませんでしたが」と手厳しい。
「自治労など有力支持団体が怖いのだろうか」との質問に対しては、「そうとしか考えられない、と多くの人に思われても仕方ないでしょう」(高橋教授)。