ニュース映像を裁判の証拠として採用することに、テレビ局側が反対している。海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船の衝突事件の裁判では、すでに放送された映像もNGとしているのだ。
「文字と違って、映像は顔も声も出る『一次資料』に近く、新聞記者でいえば取材メモに近い」
「取材対象との信頼関係にかかわる」
テレビ映像が裁判の証拠になることについて、ある民放幹部は、こう漏らしたという。産経新聞が2010年10月5日付記事で伝えた。真意がよく分からない部分はあるが、たとえオンエアされた映像でも、「メモ」の内容が出歩けば、今後の取材に差し支えるということらしい。
イージス艦裁判では、被告・自衛官側の弁護士がニュース映像を録画したものを証拠として提出し、横浜地裁がその採用を決めた。これに対し、映像を使われた日本テレビとTBSが8月30日に弁護側と地裁に抗議文を送り、NHKが9月3日になって両者に文書で遺憾の意を伝えた。
映像は、漁船の僚船の記者会見などを放映したものだったという。報道によると、テレビ局が反対したのは、証拠提出が無断だったことや放送目的外の使用だったことが理由になっている。日本テレビの細川知正社長は、9月27日の定例会見で、「映像が報道目的以外で使われることは取材対象との信頼関係にかかわること」だと指摘している。
ところが、裁判の流れは、テレビ局の考えとはまったく逆のようだ。
学生と機動隊が衝突した博多駅事件では、最高裁が1969年にすでに、重要性が高いときは、たとえオンエアしていないテープでも証拠となると判例を出している。それも、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるものでも当てはまるというのだ。
もっとも、オンエアされた映像については、こんなケースがある。毒物カレー事件で2002年12月11日にあった判決で、和歌山地裁は、こう述べたのだ。
裁判所「国民の多くが知っている情報」
「報道機関が報道し、国民の多くが知っている情報を、なぜ真実の追求を目的とする刑事裁判で証拠としてはならないのか、理解に苦しむ」
この事件では、検察側が被告夫婦のインタビューを録画したテレビ映像を証拠として請求し、地裁も採用していた。
青山学院大の大石泰彦教授(メディア倫理法制)は、裁判の流れについてこう解説する。
「オンエアされた映像の場合、将来の取材への悪影響が少ないとされてきています。裁判所がその証拠採用は問題ないとするケースが増え、全体としては緩くなってきていると言えます」
一方で、過去には逆の判決もある。1971年の大阪地裁のものだ。そこでは、オンエアされた映像であっても、「将来、報道機関に有形無形の不利益が生じ、憲法で保障された報道の自由を侵す恐れがある」として、証拠採用を認めなかった。大石教授は、「テレビ局は、取材した人に迷惑をかけないかと裁判を気にするようにもなるでしょう。取材を受ける側も関わってくることで、問題がないわけではありません」と言う。
とはいえ、メディアやネット上では、オンエア映像は、未放送のテープなどと違い、取材活動への支障は少ないはずだとして、証拠採用について肯定的にみる意見が出ている。
NHKの広報部では、取材に対し、オンエアの有無での違いなどの質問には答えず、次のようにコメントした。
「放送以外の目的に使用されると、取材協力者の信頼を損ない、取材・報道の自由が確保できなくなるおそれがあります」
日本テレビとTBSにも取材したが、担当者からは応答がないままだった。