ディズニー/ピクサー製作によるフルCGアニメーション映画「トイ・ストーリー3」が人気を集めている。2010年7月10日に日本公開されると、土日だけでおよそ65万人を動員し、興行成績は約10億円を記録。夏の大ヒットを予感させている。子ども向け映画のような感じもするが、精神科医で映画にも詳しい名越康文さんは「人生を考えるヒントがいっぱい詰め込まれている。現代の日本人に見てほしい」と話す。
「僕たちの心は貧相になっている」
映画「トイ・ストーリー3」は、アンディ少年のお気に入りおもちゃで、主人公のカウボーイ人形・ウッディやバズ・ライトイヤー、その仲間たちが繰り広げる冒険物語だ。シリーズ3作目の今回、「1」ではまだ子供だったアンディ少年が17歳に成長し、大学進学が決まる。おもちゃたちは大好きだった彼との「別れ」に直面することになる。
なぜ、現代の日本人に見て欲しいのか――。
名越さんはまず、人とモノとの関係から見て面白いと言う。今の日本が大量生産、大量消費のツケで、モノは溢れているのにモノと触れ合う喜びが感じられなくなっている、として次のように指摘する。
「モノはいずれ壊れてしまう。壊れたら新しく取り替えるのがモノだという『常識』の中に僕たちは生きている。でもこれは実はとても不自然で、極端な価値観だと思うんです。そのせいで、僕たちの心はとても貧相になってしまっているとさえ感じます。モノとの絆だって大切ですよね。身のまわりを思いやれる感性や感覚が今は少し欠けているのかもしれません」
心が貧相になっている状況を、名越さんは専門的な言い回しで「解離(かいり)」しているからだと説明する。「解離」とは、人から傷つけられるたびに、自分が傷つかないように気持ちを「切り離す」ことを意味する。他人との関係が表面的になりがちで、怒りやすい人が増えたのもこれで説明がつくと名越さんは語る。「原因は社会が発達し、1人で生きられるかのような幻想にとらわれているからです。映画ではこれと真逆の――モノや人との絆を大切にする――世界観が、力強く提起されています」
自分も苦しい中で相手を思いやれるか
主人公のウッディは「日本人的リーダーだと思います」
とりわけ、主人公・ウッディと仲間たちとの関係は「絆」の大切さを思わせる。劇中、おもちゃたちは手違いが重なり、保育園に寄付されることになってしまう。ここは凶暴な幼児と意地悪な古参のおもちゃたちが取り仕切る、地獄のような場所。そこから抜け出そうと、リーダーシップを発揮するのがウッディだ。
名越さんは「(ウッディは)日本人的リーダーだと思います。見た目もひょろっこいし、顔も地味だよね」と話す。派手さはないが仲間の気持ちをくみ上げようと奔走し、自分の信念は絶対に変えず行動する。「(ウッディのように)みなが苦しく、自分も苦しい中で、相手を思いやれるか」は作品を貫く大切なテーマでは、と指摘する。
その上でとくに、クマのぬいぐるみ・ロッツオと持ち主の女の子が離ればなれになる場面に、名越さんは「正しさは1つじゃないと感じさせるエピソードでした」と振り返った。
「人それぞれに正しさがあるんです。真理はひとつじゃない。真理と真理の間で自分側は何を我慢するか。そして相手側の真理を理解してあげられるか。日本人が今、学んで欲しいことだと思いました。僕たちが一生、問い続けられる課題だと思うからです。映画はそれを見事に描いています」
映画には、考えさせられるメッセージが随所に散りばめられているため、大人にこそ見てほしい映画だと名越さんは繰り返した。「自分たちの課題として受け取れる部分がきっとあると思います」