日本料理の板前が「男の仕事」だったのは昔の話で、最近は女性も活躍している。女性ならではの、きめ細やかな心遣いが評判でリピート客も多い。背景には、日本料理界が徒弟制度を見直し、女性の受入れに寛容になっていることがある。
京懐石店「美吉野」(横浜市)で板前の修行を続けている柳沢亜沙絵さんは、入店して7年目になる。栄養士学校時代に和食に興味を持ち、板前の道に進むことを決めた。
女性がカウンターにいると、入りやすい
同店で女性の板前は柳沢さんだけだ。男性と同じように朝8時から夜12時まで修行を積んでいる。親方に料理のセンスを見込まれて、4年前からカウンターに立つようになった。仕込みだけでなく、お通しと前菜の調理も担当している。
女性だからこそできることもある。
「女性がカウンターに立っていると、気軽に入りやすいとお客さんに言われたり、女性の板前は珍しいので名前を覚えてもらいやすいです」
と柳沢さんは話す。
グラスが空になっていたお客さんに声をかけたら「よく気がつくね」と褒められたこともある。
同店には2010年4月、板前志望の女性が新たに入店した。柳沢さんは、
「日本料理は味付けや盛り付けが繊細なので、女性も向いていると思います。もっと女性の板前が増えて欲しいです」
といっている。
「本人にやる気があれば性別は関係ない」
「磯丸 熱海平和通り店」(静岡県熱海市)で寿司を握るのは全員女性のスタッフだ。「従来の寿司屋にはない店にしよう」と女性を集めて5年前に熱海店をオープンし、その3年後に平和通り店を開いた。平和通り店は70人が入る大型店で、多い日は600人が来店する。
店長の稲本千恵さんも寿司を握る。重さ6キロのハマチもさばく。力仕事もこなし、「本人にやる気があれば性別は関係ない」。男性職人に劣らないが、「女性が握る寿司は食べられない」と年配の男性客に言われたこともある。
もっとも、男性職人よりも女性のほうがいいという人もいる。寿司屋には珍しい女性の「おひとりさま」や若者も来店する。ファミリー層も多く、子連れのお客から「優しく接してもらえた」と感謝されたこともある。子どものいるスタッフもいるので、扱いには慣れているという。配膳や接客も手伝い、お客とのコミュニケーションを大切にしている。これも男性職人にはない魅力だと評判だ。
プロを養成する辻調理師専門学校の企画部担当者によると、板前や寿司職人を目指す女性は増え、日本料理のクラスのおよそ4割を占めている。
日本料理店は古くから徒弟制度が採用されている。修行は厳しく、かつては先輩の汚れ物を洗うのも仕事だった。ところが、日本料理の修業はとりわけ厳しいというイメージが広がり、板前を目指す若者が減ってしまった。このままでは若手が育たないという危惧が広がり、徒弟制度は変わりつつある。これが女性の板前が増えた要因にもなっている。