捕鯨の様子を隠し撮りするなどして波紋を広げた映画「ザ・コーブ」の舞台となったのが、400年以上のクジラ漁の歴史を持つ和歌山県太地町だ。その太地町の住民を対象に、毛髪中のメチル水銀濃度を調べる調査が初めて行われ、その結果が発表された。
それによると、クジラを食べない他の地域と比べて、太地町住民の毛髪には、平均して4倍以上の水銀が含まれていることが明らかになった。だが、調査を行った研究機関では「病的な疑義は低いのではないかと考えられた」と説明している。
ハクジラ類はメチル水銀蓄積が多い?
国際的な非難を浴びている「調査捕鯨」は、ミンククジラやシロナガスクジラなどの、大型の「ヒゲクジラ類」が中心だが、太地町で行っている沿岸捕鯨は、イルカや、マッコウクジラなどの小型の「ハクジラ類」が対象だ。ヒゲクジラ類はオキアミやプランクトンを主に食べるのに対し、ハクジラ類が食べるのは魚類。ハクジラ類は、魚類に蓄積されたメチル水銀を体内の取り込んでしまうこともあり、「ザ・コーブ」でも、イルカ肉に含まれる水銀濃度の高さについて問題視している。
調査は国立水俣病総合研究センター(国水研)が、太地町から依頼される形で実施。09年6月~8月(夏季)と10年2月(冬季)の2回にわたって、延べ1137人から毛髪を採取して分析した。その結果、夏季調査での男性のメチル水銀濃度の平均値は11.0ppmで、女性は6.63ppm。国水研が00年から04年にかけて全国14地域で行った調査では、男性の平均値が2.47ppm、女性が1.64ppmだったので、単純に割り算をしただけでも、太地町の町民の水銀濃度は、全国平均と比べて男性は4.5倍で、女性は4.0倍だということになる。
「問題なし」としているわけではない
WHOが1990年に発表した調査報告によると、50ppmという数値が、神経症状が出る可能性がある下限値だとされる。調査対象者の3.1%にあたる32人が、この数値を超えていた。
前出の全国調査では、男性の水銀濃度が高い方から並べて5%にあたる数値が7.2ppmだった。今回の調査でも、165人の毛髪から7.2ppm以上が検出され、そのうち同意を得られた人に対しては、専門医が運動機能などを測定し、診断を行った。
その結果、国水研が出した結論は、
「太地町住民の毛髪水銀濃度は、国内14地域と比べると顕著に高く、それがクジラやイルカの摂取と関連することが示唆された。しかし、今回の健康調査の範囲内では、メチル水銀中毒の可能性を疑わせる者は認められなかった」
というもの。いわば、「クジラやイルカを多く食べている分、水銀濃度が明らかに高いが、実害は出ていない」といったところだ。
ただし、前出のWHOの報告によると、妊娠している女性の毛髪水銀値が10~20ppmの場合でも、胎児に障害が表れる危険性が5%あるとされる。今回の調査結果では、調査対象者に妊娠している女性が含まれているかどうかは明らかにされていない。
国水研でも、決して「問題なし」としている訳ではないようで、
「毛髪水銀濃度の非常に高い者を認めるため、健康影響の調査の継続が必要」
と、継続的に調査が必要だとの立場だ。