「創業一族は、経営に介入するノイジー・マジョリティ(うるさい大株主)ではなく、新生サントリーキリンの応援団。ルビコン川を渡ってほしい」
2010年2月8日に破談に至ったキリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合交渉の最終局面で、サントリーの佐治信忠社長がキリンの加藤壹康社長宛てに長文の手紙をしたため、統合への決断を迫っていた。統合比率をめぐり両社の実務担当者の協議が平行線をたどり、統合への悲観論が強まっていた5日のことだ。
重要案件について一族の資産管理会社との事前調整求める
2009年12月末以降、両社の交渉は、キリンとサントリーの統合比率を1対0.7前後と主張するキリン側と、1対0.9程度にこだわるサントリーの溝が埋まらず、双方が相手の事業の将来性を疑問視する展開が続いてきた。キリンは、サントリーが傘下に収めた欧州飲料メーカー、オレンジーナに対する3000億円強の買収金額を「過剰投資」と主張。一方、サントリーは、キリンの医薬事業、協和発酵キリンの将来的な売却を求め、10年間の売却禁止条項の削除を求めた。
客観的な根拠の薄い個別事業の将来性について、「泥仕合」ともいえる水掛け論が演じられたそもそもの原因は、サントリーの株式の9割を握る創業一族の資産管理会社、寿不動産の株主権行使をめぐり、共通認識ができていなかったためだ。
キリンは09年12月に示した統合比率案で、寿不動産の新会社持株比率が3分の1を上回ることを容認した。しかし、さらなる問題が持ち上がる。サントリーは、新会社が株主総会に諮る役員人事や増減資、M&Aなど重要案件について、寿不動産との事前調整を求め、統合契約で明文化するよう求めたのだ。同社首脳は「株主総会で拒否権を行使することがないための措置だ」と説明する。
重要案件について主要取引銀行を含む大株主に事前に説明し、了承を取り付けることは上場企業では日常的に行われているが、それはあくまで「あうんの呼吸」(キリン幹部)。仮にインサイダー取引などの問題が生じれば企業の信用失墜は避けられない。キリンが「特定の大株主だけ特別扱いすることはできない」と拒否したのは、当然のことだった。
「一族という安定株主がいたからこそ、長期的な視野で事業できる」
寿が新会社株の3分の1以上を持つ大株主になることを前提に始まった両社の交渉だが、キリンの加藤社長には09年夏ごろから、OBや三菱グループ企業から、寿が実質的な経営権を握ることになるのではないかという懸念が寄せられており、影響力を極力抑えたいというのが本音だった。加藤社長は、寿の持ち株について、議決権のない優先株にすることや、新会社で買い取ることを打診したが、佐治社長からは「欲しいのはカネではない、と拒否されていた」(関係者)という。
佐治社長は加藤社長への最後の手紙で、非上場を貫いたサントリーの歴史を振り返り、短期的な利益にこだわらない安定株主がいたからこそ、長期的な視野で事業ができ、「やってみなはれ」に代表される自由な社風や強いブランド力を生み出したと力説した。
しかし、それはサントリー創業一族が声高に経営に介入はしないまでも、「物言わぬ株主」には甘んじないという宣言でもあった。売上高でキリンの3分の2にとどまるサントリーの創業一族が統合新会社の「影のオーナー」になれば、既存のキリン株主からは「小が大を飲む統合」と受け取られかねない――そうしたキリン側の懸念が、最後まで越えられない障害になったようだ。