フリースタイルスキー・女子モーグルの上村愛子選手(30)が2010年2月15日にブログを更新し、競技を4位で終えたバンクーバー五輪の現在の心境について語った。
「どうして、こんなにも沢山の人が私を支えてくれるのになんで、結果は残せないんだろう」
上村選手のメダルは遠い――。1998年の長野五輪では18歳の上村選手は7位だった。2002年のソルトレイク五輪では6位に、2006年のトリノ五輪では大技コークスクリューをまじえた演技でも5位に終わった。今回は過去最高順位だったが、それでもメダルには届かなかった。
試合を終えた今、上村選手は「いま、こうやって、文字にしながらも考えてしまいます」と語る。試合後も、答えのない答えを考えていることはわかっているのに、いろいろなことを考えて眠れなかったという。そんな中で、友人が言ってくれた、こんなアドバイスは助けになった。
「難題のない人生は『無難な人生』
難題のある人生は『有り難い人生』」
「最後は自分の手で失敗に終わらせてしまいました」
上村選手は後者だと言い切る。オリンピックを夢見て、メダルを目指してこれまでずっと戦い続けてきたからだ。成功したときの喜びや失敗したときの悔しさを胸に、自分と向き合ってきた。そうして得たものはスキーの技術だけではなく、自分自身の成長だったと振り返る。
もっとも、オリンピックでのメダル獲得は自分に課した「責任」だったという。周囲の協力を思うと、そう考えざるをえない。本人は「大きな、プロジェクトを最後は自分の手で失敗に終わらせてしまいました。ものすごくつらかったです」。競技後に見せた大粒の涙は、背負うものの大きさだったのかもしれない。
ただ、大舞台は最高に楽しかったと素直な気持ちを書いた。周囲のバックアップがあったからこそ、スタートからゴールまでを失敗せずに滑り切れたのが幸せだったという。ブログの終盤はコーチやスタッフ、関係者への感謝ばかりが語られている。
「最高の舞台で、自分の技術に自信を持っていいスタートをきり、私らしく滑り切ってゴールができて、本当に幸せでした! 皆様、本当にありがとうございました」