「できるかぎりコンクリートのダムを造るべきではない」。21世紀に入ってすぐ、長野県の田中康夫知事が発した「脱ダム宣言」は全国的に大きな影響を与え、いまやダム不要論を支持する国民も多くなった。だが治水や利水の観点から、ダムの必要性を説く声も依然大きい。なぜ八ッ場ダムは建設すべきなのか。元建設省河川局の官僚で、ダム事業を推進してきた経歴をもつ脇雅史・参院議員に聞いた。
川の計画は100年先、200年先を見ている
――前原誠司国交相が建設中止を宣言した八ッ場ダムはもともと、1947年のカスリーン台風に端を発する「洪水対策」を目的として計画された。
脇 ダムの問題を考えるときには、まず日本という国の河川がどんな特徴をもっているのかを知らねばならない。欧米の都市と違って、日本の都市では河川の水位よりも低いところに住んでいる人も多い。特に関東平野はもともと川があっちこっちに流れていたところに、人間の都合で高い堤防をつくって川を狭いところに押し込め、その周辺に人が住んでいる。だから堤防が壊れたら大変なことになるわけだ。
そういうところで大雨のときの洪水対策をするとなると、答えはいくつもない。高い堤防を作って無理やりそこに押し込めるか、川幅を広げるか川底を掘るかして、流れる水の量を増やすようにするか。要するに、流れる川の断面積を大きくすることによって、最大限の水を流してやろうとするのだが、長い年月をかけて治水をしてきているわけだから、川に流せる水の量には限界がある。そうなると残りは、ダムか遊水地で調整するしかない。
――大雨が降ったときにはダムに水をためて下流に流れる水を減らすようにすると。
脇 八ッ場ダムの下流にある利根川の場合、ピーク時に毎秒2万2000トンの水が流れる計算になっている。しかし今は1万6500トンまでしか処理できないから、残り5500トンは上流でピークカットしようという配分で計画している。その一部に八ッ場ダムも入っている。いらないという論理はないだろうと思う。
――想定されている毎秒2万2000トンという水量は、どれくらいの頻度で発生するのか。
脇 河川のなかでも一番高い安全度を設定しているので、200年に1回という確率で計算している。この200年に1回というのは、カスリーン台風のときの状況とおおむね一致すると考えられている。八ッ場ダムは数十年かけてもできないからおかしいじゃないかと言われるが、川の計画というのは100年先、200年先を見ている。
ダム作るのは「天下り」のためではない
――だが、前原国交相は「できるだけダムに頼らない治水」を打ち出している。
脇 川を広げたり掘ったりするのは限界があるから、ダムに頼らないとしたら、堤防を高くするしかない。だが川に沿って鉄道があったり橋がかかっていたりするから、何百キロもある川で堤防を上げるのは大変なことだ。しかも堤防というのはいつ壊れるかわからず、必ずしも安心できるものではない。
実際にはそんなに何度も大水がくるわけではないから、堤防の安全度を頻繁に確かめることができない。しかも何十年も前に作った堤防に継ぎ足しを繰り返しているから、なかなか信頼できないという問題もある。結局、計画論のいかんにかかわらず、川にくるピークの流量はできるだけダムでカットしたほうがいいという考え方になるわけだ。
――堤防の強度をあげていけばいいのではないか、とも言えそうですが。
脇 「堤防を強化すればいい」と簡単に言うのは机上の論理で、長年現場で水害につきあってきた技術者からすれば、とんでもない話だ。堤防というのは「長い糸」と同じで、何百キロある全線の1箇所でも切れたら大変なことになる。河川の被害を最小限にするという意味では、ダムのほうが確実だ。もちろんダムを作ればいろいろな影響があるから、全部がいいことばかりではない。しかしダムそのものが治水に効かないという議論はないはずだ。
――八ッ場ダムは渇水対策、すなわち利水目的もあるとされているが、「水需要が減っているので必要ない」という主張もあります。
脇 水需要が減っているのは事実だが、水道事業者はいまも水が足りなくなる恐れがあると言っている。10年に1回ぐらい水が少なくなるときを見込んで、計画を作っているからだ。私も実際に利根川を管理する立場にいたことがあるが、夏場は毎日ひやひやの状態が続く。現実に水道を管理していない人だから、そんな悠長なことが言えるのではないか。
日本は弘法大師の昔から水で苦労してきた。それが今はダムが相当程度できて、見かけ上は洪水にしろ渇水にしろ、河川対策がそれなりの水準まできたから、「ダム不要論」が出てきた。これまで河川技術者が努力してきたことが現実に役立っているという証明ともいえるが、悲しいことにその意味が忘れられて、ダムの悪いところだけに目がいってしまっている。
――八ッ場ダムは50年以上もかかってまだ完成していない。なぜそんなに時間がかかるのか。
脇 前原さんにも言ったが、時間がかかったのは行政が真摯に対応してきたからだ。住民も大変だったと思うが、役所も莫大な時間をかけて誠意を見せながら話し合いをしてきた。何十年かけて大変な努力をして、ようやく合意にこぎつけた。名もない数多くの人が、このダムのためにどれだけ汗と涙を流してきたか。それは「安全のためにはやらねばならぬ」という強い思いがあったからで、既得権とか天下りのためだと言ったら、本当に一生懸命やってきた人は怒るよ。
ダム中止の公約は「選挙目当て」だ
――八ッ場ダムは時間だけでなく、お金もたくさんかかっている。最初は2100億円の予算と言われていたのが、今では4600億円と倍以上に膨らんでいます。
脇 まず、最初に基本計画を作るときに「できるだけ小さい予算でできたら」ということを考えるので、どうしても小さめの見積もりになる。それから、現実に構造物を作っていくと、思ったよりも安くて済んだというのは少ない。調査すればするほど悪いところが見えてきて、「より安全に」ということで予算が何割か増えるというのもある。
もっと大きな要素としては、地元対策がある。ダムは地元の人に最大の迷惑を与えるわけだから、最大限面倒をみてあげたい。そうなると地元からは「集落のための施設を作ってほしい」とか様々な要望がでてきて、できるだけかなえてあげようということになる。作る側としては要望されるとダメとは言いにくいので、どんどん受け入れてしまうという部分もある。当初の予算が減ることはなく、まず間違いなく増えていくというのが現実だ。
――八ッ場ダムの予算は今後さらに増える可能性がある?
脇 八ッ場の場合は、補償もほとんど終わっていて、あとはダム本体の工事をやり始めるところまできているから、大きく変わる余地は少ない。
――脇さんは「民主党は根拠もなく中止を決めた」と批判しています。
脇 八ッ場ダムは途中で中止を打ち出し、業者や住民に被害を与えている。だが、どんな根拠で中止し、結果として被害を与えているのかと前原さんに質問しても、まともな答えが返ってこない。政党として中止という結論を出したのなら何らかの報告書があるのではないかと、資料の提出を求めても出してこない。
なぜ八ッ場ダムをやめたほうがいいのか、具体的な理由を聞いても返ってこない。政府がこんな不誠実でいいのかと思うよ。はっきり言って、民主党のマニフェストは「選挙目当てでいいんじゃないか」ということを言っているにすぎないのであって、根拠なんてないのだ。
脇 雅史プロフィール
1945年東京都杉並区生まれ。都立西高校、東京大学工学部土木工学科卒業。1967年建設省入省。主に河川畑を歩み、近畿地方建設局長をもって退官。1998年第18回参議院選挙比例区から当選。参議院議員として2期目を務める。