政権交代の象徴として、鮮烈な印象を与えた前原誠司国交相の「八ッ場ダム中止宣言」。「コンクリートから人へ」のスローガンに沿ったものだが、突然の中止に地元住民は困惑し、下流の自治体からも強い反発が出た。なぜ八ッ場ダムは建設をやめるべきなのか。連載第一回は「公共事業チェック議員の会」事務局長としてダム問題にかかわってきた保坂展人・前衆院議員に聞いた。
「水需要がない」として建設中止になったダムがある
――前原国交相が「八ッ場ダム中止宣言」をしてから1か月ほどたったころ、保坂さんは『週刊朝日』(2009年10月16日号)に八ッ場ダムの現場レポートを寄稿している。このレポートの狙いはどこにあったのか。
保坂 「八ッ場ダム中止宣言」は大きな反響を呼び、たくさんの報道がされたが、「公共事業チェック議員の会」の事務局長として八ッ場ダム問題を追いかけてきた立場からみると、重要な論点が随分スルーされているなと感じた。国交省河川局仕込みの情報の一方的な垂れ流しが、特にテレビでひどく行われていたので、議論を相対化しようとレポートを書かせてもらった。
――レポートでは、八ッ場ダムの上流にある中和工場と、そこでできた石灰生成物をためるための品木ダムの存在を紹介している。八ッ場ダムの建設予定地である吾妻川はもともと強酸性の水質だったが、ダム計画を進めるために上流に中和工場と別のダムを作ったのだと。
保坂 この記事が出て初めて、八ッ場ダムの上流の草津温泉の近くに石灰生成物を専門にためるダムがあって、あふれる寸前になっているということが広く知られるようになった。テレビでも取り上げられたので、八ッ場ダムの水質の問題に光があたるようになった。レポートは『週刊朝日』11月13日号でも書いたが、そこで紹介した戸倉ダムの問題も大きかったと思う。
――戸倉ダムというのは、八ッ場ダムと同じ群馬県内の利根川水系の川で計画されていたダムで、2003年に建設中止が決まった。
保坂 戸倉ダムのことはある読者から教えてもらった。総貯水容量は9200万立方メートルで、1億750万立方メートルの八ッ場ダムと遜色ない規模だが、総事業費は1230億円と八ッ場の4分の1にすぎない。水没人家もなく、土地の9割は東京電力の所有。残りの民有地にも家屋や耕作地がないというので、反対運動もなかった。そんなダムが「水需要がない」という理由で、建設中止になった。
つまり、ダムの下流にある埼玉県の上田知事や東京都の石原知事は水需要がないということで、戸倉ダムからの撤退を決めた。実際に、節水型家電の普及や人口の減少によって、水需要はどんどん減っている。それなのに、八ッ場ダムでは「水がめだから必要」と上田知事や石原知事が叫んでいるのは、笑止千万ではないか。
前原国交相1人で戦うのは無理がある
――八ッ場ダムは現在では多目的ダムということになっているが、もともとは1947年に関東地方に甚大な被害をもたらしたカスリーン台風を契機として、洪水対策のために計画されたダムだ。
保坂 カスリーン台風なみの台風が再来した場合、利根川では群馬県と埼玉県の県境にある八斗島地点で、毎秒2万2000立方メートルの水量が流れるというのが、国交省河川局の出している数字だ。いまの利根川の治水能力(計画高水)は1万6500立方メートルなので、その差である5500立方メートルを上流のダムでカットしないといけないという。ところが八ッ場ダムを作っても、あと4つか5つ、ダムを作らないと埋まらないという問題がある。
もう一つ、水量を計測するポイントとなる八斗島(群馬県伊勢崎市)の上流には堤防がないところもあって、大雨のときには田んぼなんかに遊水地的に水があふれている。ところが、ダム建設の前提になっている毎秒2万2000立方メートルというのは堤防が整備されたときの数字なので、現実に流れる水量はもっと少ない。つまり、2万2000というのは架空の数字だということもわかってきた。治水論もはなはだトリックにみちているわけだ。
――前原国交相は「できるだけダムに頼らない治水を目指す」と言って、八ッ場ダムの中止を宣言した。民主党のマニフェストに沿ったものだ。
保坂 前原さんは非常に勉強しているし、優秀だと思う。ただ、八ッ場ダム中止の切り出しは良かったが、生活再建プランとか、その後の対策が何ひとつ示されていない。そこに問題がある。公共事業をずっとみてきた横断的な野党のチームもあるのに、その力を生かそうともしていない。
いくら前原さんが優秀でも、全国のダムでメシを食べている人の数を考えたら、1人で戦うことはできない。やっぱり国交省河川局という組織を相手に政策を切り替えるなら、こちらも軍団を編成しないとだめだろう。
――前原国交相は、ダムの専門家などで作る有識者会議で、八ッ場ダムを含めた89事業の検証をするとしている。
保坂 有識者会議について前原さんは「ニュートラルな人選だ」と言っているが、ほとんど話にならない。国交省河川局の河川行政に関わってきて、その誤りをふくめて責任を負うべき人たちが並んでいる。たとえば座長の中川博次さん(京大名誉教授)は、ゼネコンやダム関係業者で組織するダム・堰施設技術協会の会長を務めている人だ。このメンバーで見直したら、「八ッ場ダム再開」という結論を出しても不思議はない。
ダム本体の工事だけ中止しているのはおかしい
――八ッ場ダムの地元では、町長を筆頭に建設中止に反対する声が多数だと伝えられている。
保坂 八ッ場ダムには中止宣言直後の9月末に行ったが、「本当に止まるのか、信じられない」という声を聞いた。「生きているうちにダムとやらを見てみたかった」という人もいたが、ダムを熱望しているというわけでもない。ダムができなくても、予定されていたお金が補償されるのなら文句を言う人はいない。ダムが中止になれば、住み慣れた家に住めるのだから。
――ダム観光に期待している声もあるようだが、どうなのか。
保坂 ダム観光というのは幻想だと思う。ダムの上流には草津温泉や万座温泉、嬬恋村といった観光地があって、そこから流れてくる水はきれいなものではない。夏は植物性プランクトンの異常繁殖などがあって匂いもする。しかも洪水対策で水位を3分の1まで下げてしまう。そんな水が少なくて、いろんな富栄養化した水も流れこんでくるようなところにボートを浮かべて乗るなんていうのは非現実的な話だ。
むしろ八ッ場ダムの建設予定地は、日本の納税者・有権者なら1回は見ておきたいという「公共事業見直しの聖地」にすればいい。そういう人が川原湯温泉に泊まって、吾妻渓谷の美しさと途中まで出来たダムを見て帰ると。そういうところにすればいいのではないか。
――前原国交相はダム本体の建設は中止したが、付け替え道路などの関連工事は続けられている。テレビで有名になったT字型の湖面2号橋も工事が進んでいて、もうすぐ1本の橋になろうとしている。
保坂 そもそもダム本体の工事だけ中止しているところがおかしい。ダムの工事をやめたのであれば、何もないところにジェットコースターみたいな橋を作っても意味がない。それなのに橋を作るのは、究極の税金の無駄使いだ。あの湖面2号橋やほかの付け替え道路を作るには大変な金額と労力がかかる。それを生活再建に回したらいいのではないか。そのぐらいの予算の組み替えをやらなければ、政権交代の意味はない。
――地元だけでなく、下流の自治体の首長もダム中止に反対しているが?
保坂 八ッ場ダムの問題は、テレビで一定程度まで取り上げられるようになったが、まだまだ本質的な議論が避けられている。その本質とは、役人や政治家にとっては、ダム建設は長い時間がかかったほうがいいということだ。役人にしてみれば、長ければ長いほどお金が流れるし、天下りも確保できる。政治家も工事が続く限りは「先生のお力で」と陳情が常にくるので、「よっしゃ、まかせておけ」と言って半世紀もやっている。
八ッ場ダムがある群馬県からは戦後、福田親子に中曽根、小渕と4人も首相が出ているのに、半世紀かけても終わらない。ということは、早く終えるインセンティブがなかったということだ。むしろできるだけバカでかい金額をかけて、時間もたくさんかけたほうがいいと。それが八ッ場ダム問題の本質で、そういう意味では「公共事業をめぐる総本山」だといえる。関係者としては、公共事業のシンボルを失うのは手痛い。だから、なんとしても八ッ場ダムを再開にもっていきたいと考えているはずだ。
保坂展人プロフィール
ほさか・のぶと 1955年、宮城県生まれ。16歳で内申書の内容を争う原告となり、定時制高校を中退。教育ジャーナリストとして活動。96年の総選挙で社民党から初当選。2009年8月の総選挙で落選した。3期務めた在任中の質問回数は546回を数え「国会の質問王」の異名をとった。