赤ちゃんを強く揺さぶることは虐待だ。4人に1人が命を落とし、生き残っても3人に1人は脳などに重い障害が残ると言われている。この虐待は年間100件以上も起きていることが厚生労働省研究班の調査でわかった。医師が見抜けない可能性もあり、実際の被害はもっと多いとみられている。
生後3カ月の次女を強く揺さぶって脳に傷害を与えたとして、大阪府警は2009年12月5日、松原市の会社員(24)を傷害容疑で逮捕した。泣きやまないのに腹を立て、次女を持ち上げて10回ほど強く揺さぶった、と父親は容疑を認めている。次女は脳に重い障害が残る可能性があるという。
頭蓋骨の内側に脳が何度も打ちつけられる
栃木県益子町益子の派遣社員の父親(22)と母親(21)は生後6カ月の長女を激しく揺さぶり重傷を負わせたとして、傷害の疑いで9月30日に逮捕された。大阪府河内長野市に住む会社員の父親(40)は生後3カ月の乳児を泣きやませるために激しく揺さぶり脳に傷害を与えたとして、4月20日、重過失傷害の疑いで書類送検された。
赤ちゃんを揺さぶったらいけないのはなぜか。
乳幼児は自分の力で頭を支えることができず、強く揺さぶられると頭蓋骨の内側に脳が何度も打ちつけられて、硬膜下血腫など脳周りや脳の中の出血が起こる可能性があるからだ。揺さぶられた時に起こる重度の頭部損傷を「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」という。4人に1人が死亡し、生き残っても3人に1人は重い脳障害などの後遺症を合併すると言われている。
厚生労働省研究班(主任研究者:奥山眞紀子氏)は日本で初めてSBSの実態調査を行った。全国の児童相談所211カ所(回収率は73%)と児童福祉施設設551カ所(51.7%)が07年4月~08年3月に把握したSBSの被害児は疑い例も含め118人に上り、このうち8人は死亡していたことがわかった。
調査によると受傷時の平均年齢は生後5カ月で、症状は急性硬膜下血腫が被害児の63%に、くも膜下出血は21%に確認された。また確認できた58人(死亡事例を除く)のうち34人に何らかの後遺症があった。
子どもが憎いのではなく、無知による虐待だ
SBSは医師が診断して初めて発覚する。一方でSBSの診断は難しく、医師が見抜けない可能性もあるという。厚労省研究班がSBSに関する諸外国の調査データをもとに推計したところ、「07年度の被害児は147人に、死亡例は37人に達していた可能性がある」としている。
子ども虐待ネグレクト防止ネットワークの理事長で内科医の山田不二子先生によると、「硬膜下出血」「網膜出血」「びまん性脳浮腫」の3つがそろって起こり、かつ頭に外傷がない場合はほぼSBSだとわかる。しかし、3つの症状がそろわないケースのほうが山ほどあり、医師が見逃す可能性があると指摘する。
諸外国に比べて、日本ではSBSの認知度が低いのが現状だ。SBSによって起こる乳幼児硬膜下出血は1970年頃に日本の医師の間ですでに知られていたが、転んだりして起こる「事故」だとして長年扱われてきた。
1971年にイギリスで、1972年にアメリカで虐待だと認められたが、日本で小児科医が虐待として認識したのは2000年になってからだ。最近、逮捕されて公になる事件が目立っているのは、SBSが増えたのではなく、ようやく警察にも「事件」という認識が浸透してきたのではないか、と山田先生は見る。
諸外国の場合は加害者の7割が男性だが、日本は女性が5割を占める。
「女性の場合は殺意がなく、無知によるものがほとんどで、泣きやませようとしてやっています。他の虐待とは違って、子どもが憎くてやるわけじゃないですし、SBSで死ぬ危険があると知っていればやらなかった人は多いと思います」
大人の力を持ってすれば簡単に赤ちゃんの命を奪えるだけに、早急な対策が求められている。厚生労働省虐待防止対策室は07年から、妊婦に配る母子健康手帳にSBSについて記載するよう自治体に指導している。
また一部の病院で新生児の両親(父親代わりも含む)を対象に「SBS予防教育プログラム」を実施している。赤ちゃんを揺さぶることの危険性について退院前に教育することが目的で、赤ちゃんの泣き声のCDを最大のボリュームで5分間かせて感じたことを話し合うとか、赤ちゃんが泣いた時の対処法を教えている。しかし参加率が母親は8割程度とまずまずなのに対し、父親は1割程度と低いのが現状だ。