民主党の総選挙での「目玉政策」のひとつでもあった農家への戸別所得補償制度の実施を巡り、赤松広隆農林水産相の発言が物議をかもしている。制度導入後は、自民党政権で行われてきた生産割当て削減などのペナルティーを撤廃する方針だが、赤松農相は「秋田県知事らは(新政権の方針を)理解していない。(秋田県などが)大潟村にペナルティーを課した場合は、県全体を制度の対象から外す」と断言。県側は「県の名誉にかかわる」「農水相は発言の根拠を明らかにすべき」などと猛反発。大騒ぎになっている。
戸別所得補償制度は、民主党が2009年8月末の衆院総選挙の政権公約(マニフェスト)で掲げていた目玉政策のひとつで、農畜産物の販売価格が生産コストを下回って「コスト割れ」になった場合、その差額を政府が補助金として農家に支払うというもの。
今後の政策に賛同すれば、ペナルティーを課さないことを表明
コメ・麦の主要作物以外に畜産・酪農・漁業などを補償の対象に含めた場合、全体で1兆4000億円程度の財源が必要になるとみられている。政府は2010年度にも制度の実施に踏み切りたい考えだが、実施の対象をめぐり、赤松農水相の発言が波紋を呼んでいる。
赤松農水相は09年11月26日、補償制度の説明を目的に、秋田県大潟村を訪問した。同村は、国内第2位の面積を持っていた八郎潟を干拓してできたのは有名だ。開村は1964年だが、その直後の70年代からコメの生産調整が本格化。いわば、大潟村の歴史は「減反に翻弄された歴史」でもあり、村内はコメ作りの量を減らさない「反減反派」と、コメから大豆や麦などへの転作に応じる「減反順守派」に二分されてきた。
赤松農水相は、「反減反派」のシンボルとして知られる農家・涌井徹さんらの前で
「減反政策で、皆様に多大なご迷惑をかけた」
などと謝罪。涌井さん側も、戸別所得補償制度を利用し、減反に応じることを表明した。さらに赤松農水相は、今後の政策に賛同すれば、これまでの「反減反」を理由に生産割当てを大幅削減するなどのペナルティーを課さないことを表明。減反に従わない「過剰作付け」は、秋田県内では大潟村が突出してきたが、いわば「過去の『反減反』は不問に付す」形だ。
赤松農水相は12月8日の閣議後会見で、この訪問を振り返って、
「減反やって来た人、反対してきた人、一つになってこれを機会に和解して、『みんなでいい大潟村を作ろう』ということになっている」
と高く評価した。
ところが、続いてこんな発言をしたのだ。
「県の知事や農政部あたりの幹部が(「ペナルティーなし」という大方針を)理解していない。何言っているかというと、『造反してきたやつはダメだ』と。特に自民党の県議など『(前出の)涌井など許せるか』みたいなことを平気で言っている」
秋田県は大臣の発言撤回を求める
さらに、
「もしも、そんなふうでやるんだったら、秋田県全体を、その(制度の)対象から外しますよ」
とまで述べ、同省幹部を秋田県庁に派遣して、意向を直接伝えることも明かした。
政府は都道府県別のコメの生産目標を決めるが、県内自治体ごとの割り当ては、県・市町村・JAでつくる「県米政策推進協議会」が決めることになっている。2010年産の生産割当てが年内にも発表されることを見越して、突然、このように噛みついた形だ。
当然のことながら、この動きに、秋田県側は猛反発している。
翌12月9日朝には、県議会の農林商工委員会が緊急招集され、出席した議員からは
「秋田県の名誉にかかわる」
「大臣は発言の根拠を明らかにし、不安に思っている農家に説明すべき」
といった声が噴出し、県農林水産部の佐藤文隆部長は、報道陣に対して
「それ(大潟村へのペナルティー)は事実とは違う、ということを(説明に来た農水省幹部に対して)強く申し入れをした。そのことについては大臣に説明責任がある」
と、発言撤回を求めたことを明らかにした。
地元紙「秋田魁新報」も、この問題を12月10日の社説で取り上げ、
「特定の県へ『脅し』とも取れる発言をすること自体、許せるものではない」
「農相発言は、ルールを守ってきた県内農家には納得できない内容。その声をしっかり代弁するのも県の責務だ」
と主張。やはり農水相を強く批判している。民主党の「目玉政策」をめぐる地方と中央の綱引きは、しばらく長引くことになりそうだ。