地盤沈下する「マスメディア」からネットを基盤に台頭する「オルタナティブメディア」へ、ジャーナリストのマイグレーション(移動)が起きようとしている――日本総合研究所の理事・主席研究員で、通信メディア・ハイテク分野の経営戦略を専門とする新保豊氏は記者向けの勉強会で、メディア業界の未来図をこう予想した。新保氏はアメリカで起きている事例を紹介しながら、「メディアビッグバンがいよいよ生きた言葉となってきている」と語った。
勉強会は2009年11月25日、東京都千代田区の日本総研で開かれ、新聞社や通信社などに勤務する記者たちが聴き入った。新保氏は、アメリカの新聞事情を中心にマスメディアが置かれた状況を概観。ほとんどの新聞の発行部数や広告収入が落ち込む一方で、インターネットメディアが着実に伸びている様子を説明し、「景気が回復してもマスメディアの地盤沈下は続く」と厳しい見通しを示した。
キーワードは「ローカル性」と「異種コンテンツ」
新聞やテレビなどのマスメディア(=オールドメディア)が沈み込んでいくのとは対照的に、今後はインターネットメディアが存在感をさらに増していくという。新保氏はそのような新しいメディアを「オルタナティブ(代替)メディア」と呼ぶ。その一つが、ローカル(地域)情報に的を絞ったメディアだ。
「アメリカでは、AOL系の『パッチ・ドットコム(Pacth.com)』やニューヨーク・タイムズが別メディアとして展開する『ザ・ローカル(The Local)』といったメディアがある。これらは基本的に無料で、徹底的にローカルにターゲットを絞って存在感を示している」
もう一つのオルタナティブメディアの方向性として新保氏があげるのが、新聞やテレビがあまり取り上げない、特定のイシュー(話題)に焦点を当てたメディアだ。アメリカでは、政治などテーマを絞った「異種コンテンツ」のネットメディアが急成長している。
「たとえば『デモクラシー・ナウ(Democracy Now!)』で、寄付をベースしている。それから『ハフィントンポスト(The Huffington Post)』。これは無料ベースのリベラル系のニュース集約サイトだが。最近ではフェイスブック(facebook)との連携機能も盛り込んで、躍進している。ほかにも、『デイリービースト(The Daily Beast)』などさまざまなものが無料ベースで生まれている」
「娯楽以外」の可能性
また、有料モデルとして注目されているのが、ワシントンDCを拠点にした政治専門メディア『ポリティコ(Politico)』だ。
「(有料記事の購読料は)年間200ドル(約2万円)。結構高いと思われるが、我が家で取っている新聞も年間5万円近くする」
そのように新保氏は語り、ポリティコは多くのアメリカ人に購入価値があると判断されていると評価する。ポリティコは、ワシントンポストなどの記者たちが新たに立ち上げたメディアだ。そのような現象をさして、新保氏は
「ジャーナリストのマイグレーション(移動)が起きている」
と指摘する。このようなオルタナティブメディアにおいては、必ずしもテレビのようにエンターテインメント性だけが重視されるわけではないと、新保氏は言う。
「娯楽的なものがキラーになるものとは限らない。他のコンテンツ、たとえば、社会性を追及するものや、生活の質(QOL)を向上させるようなものが今後、評価されていくのではないか」
では、このような多様なオルタナティブメディアの担い手となるのは誰か。一つには、ブログなどでの情報発信に意欲的な「覚醒した市民」が今よりも一層、発信力を強めていくことが考えられる。その際には、個人が発する情報をまとめる「オルタナティブメディア統合プラットフォーム」が存在感を増していくことになるだろう、と新保氏は予測する。
「そのときにベンチャーのようなところだとなかなかメジャーになっていくことはできないので、既存の大きなメディアが小さな企業を買収するかたちで、ある種の代替的な、オルタナティブメディアの統合プラットフォームが作られていくのではないか」
もう一つの動きが、アメリカの『ポリティコ』に見られるような、オールドメディアからオルタナティブメディアへという「ジャーナリストの移動」だ。新保氏は「ニューヨーク・タイムズのような記事は、有能な記者を抱えているからこそできるともいえる」と言いながら、次のように語った。
「アメリカでは、ローカル性や異種コンテンツに特化した、これまでとは全く違ったビジネスモデルの会社が、オールドメディアからプロのジャーナリストが移るかたちで起こっている。そういう動きが日本でも起きてくる可能性はあると思う」