国内メディアによる北朝鮮関連の「特ダネ」が相次ぐなか、朝日新聞が「中国軍が中朝国境地帯でサリンを検出した」などと報じたことについて、中国政府が「報道は事実に合致しない」と全面否定した。中国政府は、2009年6月にも、北朝鮮後継者がらみの朝日記事を「007の続編なのでは」と皮肉混じりに酷評しており、全面否定は09年に入って2回目。両記事とも、その後事実と確認できる「証拠」は出ず、専門家からは
「自分の報道が正しいと思うなら、きちんと続報を出すなどして白黒つけるべきだ」
との声もあがっている。
今回中国政府に全面否定されたのは、同紙が09年10月9日朝刊1面に「中朝国境でサリン検出」と題して3段見出しで掲載した記事。記事では、中国の特殊部隊が08年11月と09年2月の2度にわたって、遼寧省丹東付近の中朝国境付近で、空気中からサリンを検出した、というもの。特殊部隊は定期的に空気中の化学物質を調査していたといい、「北朝鮮側から風が吹くときに調べていたところ、1平方メートルあたり0.015~0.03マイクログラムのサリンが偶然検出された」のだという。
「中国軍は毒ガスの検査・測定を行ったことはない」
サリンは第二次世界大戦前にドイツで開発された神経ガスの一種で、国内でもオウム真理教の犯行による1994年の松本サリン事件や95年の地下鉄サリン事件で多数の死傷者が出したことで有名だ。もしこのニュースが事実であれば、北朝鮮の化学兵器開発をめぐる重要な動きのひとつと受け止めることもできそうだ。
ところが、中国外務省の馬朝旭報道局長は09年10月12日の会見で、
「これまでに中国軍は、中朝国境付近で、いわゆる毒ガスの検査・測定を行ったことはない」
と記事内容を全面否定した上、
「報道は事実と合っておらず、きわめて無責任」
とも述べ、記事を非難した。コリアレポートの辺真一編集長も、
「この種の会見では『ノーコメント』『反応しない』という反応が多く、これらの場合は、事実に近いことが多いのです。ところが今回は、正面から反論しています。これは、記事が事実ではないからでしょう」
と、記事の信憑性に疑問を呈している。
朝日新聞の北朝鮮報道をめぐっては、09年6月16日にも
「金正日総書記の三男、正雲氏が、金総書記の特使として中国を極秘に訪問していたことがわかった。胡錦涛国家主席らと初めて会談、後継者に内定したことが直接伝えられた」
と1面トップで報じたという経緯がある。中国外務省の秦剛報道官は、6月16日の会見で記事に対して否定的な見方を示したが、これを朝日新聞は、6月18日の「正雲氏が訪中日程を終えて帰国した」などとする続報の中で「(中国外務省は)回答を避けている」などと紹介。
読者への説明責任の観点からも問題がある
これを受けて、6月18日の会見では、秦報道官は「事実ではない」と明確に否定した上、「まるで(スパイ小説の)『007』を読んでいるようだ」と皮肉っている。また、6月30日には、英フィナンシャルタイムズを引用する形で、金正雲氏の訪中を改めて報じたが、専門家からは、信憑性に対する疑問の声は消えないままだ。
つまり、朝日新聞の「特ダネ」が当事者によって直接否定されるのは、今年に入ってから2回目だ。
前出の辺編集長は、一連の報道について、
「新聞の記事は、読者が購読料を払って読んでいるものです。視聴者が直接の費用負担をしていない民放テレビでも、誤報があればお詫び・訂正をします。それなのに、記事に対して疑問を呈されているのに、ウヤムヤにしたり、頬被りしたりするのは、とんでもないこと。ちゃんと白黒を付けるべきです。特に、今回は2度目ですし、本当に『記事の内容に自信がある』のであれば、疑問をフォローするだけの続報を出すべきです」
と、読者への説明責任の観点からも問題があるとの見方をしている。
一方、朝日新聞社の広報部は、今回の中国外務省の反応について
「当該記事は、確かな取材に基づき記事にしたものです」
とコメントしている。