2009年は作家・松本清張の生誕100年にあたり生誕100年記念事業が秋から目白押し。大作家の素顔が掘り起こされている。
昭和30年代を舞台にした「ゼロの焦点」が、監督・犬童一心、主演・広末涼子で48年ぶりに映画制作され、11月14日に封切られる。各新聞では清張ものをことあるごとに取り上げているが、朝日新聞夕刊で「清張の"昭和"」(全10回)が連載されたほか、東京新聞でノンフィクション作家の佐野眞一さんが22回にわたって「編集者の見た松本清張 全身怨念作家」を連載した。NHK教育テレビでは、11月4日(22:25~22:50)から4週連続で「松本清張 孤高の国民作家」を放映する。
清張作品の再版、増刷は関係出版社から続いているが、デアゴスティーニ・ジャパンはパートワークの形式で10月13日から『週刊 松本清張』の発売を始めた。『点と線』『砂の器』『ゼロの焦点』など著名な作品から毎号1作品を取り上げ、松本清張とその作品の魅力について、清張に影響を受けた作家のインタビューをまじえて様々な角度から紹介・検証している。
編集長の郷原宏さんは、清張研究の第一人者で、読売新聞社時代に清張を担当した。「いまさらながら清張さんの偉大さがわかりました。10年かけて『松本清張事典決定版』をまとめた私でさえ知りえなかった作品の隠れた部分を浮き彫りにすることができ、作品の面白さを再認識しました。高度経済成長、サラリーマンの急増、週刊誌の創刊ラッシュ、その時代に最も勢いがあった作家が松本清張。80歳を超えて週刊誌2誌に連載をもっていたのは清張さんだけでした」と語る。
清張は、有栖川有栖の"仮想敵"だった
作家インタビューのなかで、西村京太郎さんは清張作品を読んで推理作家になろうと思ったが乱歩賞受賞後、清張邸を訪問しても会ってもらえなかったと明かしている。森村誠一さんは清張に冷たくされ悔し涙で帰ったという。本格派推理の有栖川有栖さんは「清張さんは本格派を追いやり社会派一色に染めた仮想敵だった」と語っている。「悔しい思いをしても、みんな清張さんの作品をリスペクトしている。清張さんから学んだ推理作家はたくさんいるし、あの悔し涙があったから今の森村誠一があると本人が認めています。松本清張抜きに日本のミステリーは語れません」と郷原さんはいう。
佐野眞一さんは前掲の連載で、これまでわからなかった『日本の黒い霧』の隠れた取材協力者を明らかにしたほか、「清張が"昭和の大作家"と呼ばれるのは、質量ともに驚嘆すべき作品を生み出したエネルギーもさることながら、タイプの違う個性的な編集者を引きつけたその巨大な磁力ゆえだった」と、編集者の証言で清張論を綴った。その編集者とは当時、文藝春秋の半藤一利さん、藤井康栄さん(北九州市立松本清張記念館長)、中央公論社の宮田毬栄さん、光文社の桜井秀勲さん、講談社の大村彦次郎さん、新潮社の鍋谷契子さん、朝日新聞社の重金敦之さん、読売新聞社の郷原宏さんなど錚々たる顔ぶれで、それぞれが知る清張の素顔を語っている。宮田さんは、中央公論社発行の『日本の文学』全80巻に清張作品が入らなかった経緯を詳らかにした。藤井さんへの取材を通して、佐野さんは、戦後ノンフィクションの傑作『昭和史発掘』がもつ圧倒的破壊力の秘密を、「清張の怨念と藤井の負けず嫌いの魂が、いわば"核融合"して生まれた記念碑的作品」と論じている。
全国の書店では10月中旬から"「ゼロの焦点」公開記念ブックフェア"が開催されるほか、清張映画やテレビドラマの記念DVD-BOXが発売される。今年は「黒の奔流」「疑惑」「駅路」「夜光の階段」など清張作品が新たにドラマ化され話題を呼んだが、12月にはNHKやTBSでも新たなドラマが放映される予定だ。