亀井静香郵政改革・金融担当大臣の発言の数々が多くの人の失笑を買っている。極め付きが「中小企業等への融資の返済を3年程度猶予する(モラトリアム)」という政策だ。これには驚きを通り越して、あきれ返ってしまった。強気の亀井大臣だが、このような政策を許しては、日本の金融システムひいては経済全般が悪影響を受ける可能性が高い。
そもそも「貸し渋り」とはなにを指すのか
「中小企業への貸し出しの返済猶予」というような政策は一見好ましいように思える。しかしそのような政策をとることで、実はさまざまな副作用が生じる可能性がある。経済の仕組みは「風が吹くと桶屋が儲かる」みたいなところがあって、巡り巡ってどこでなにがプラスに、あるいはマイナスに働くか非常にわかりにくいのだ。
今回の提案では「銀行経営に対して悪影響があるのでは」と心配されているが、予想される影響はそれにとどまらない。株式や国債の価格といったことから雇用や財政状況に至るまでの、ありとあらゆるところに悪影響が及ぶし、日本に対する海外の評価も急落するだろう。
提案の理由を、亀井大臣は「金融機関の貸し渋りがひどいため」と説明する。しかし、そもそも「貸し渋り」とはなにを指すのか。もし銀行が「きちんと返済できそうな企業にカネを貸さない」のであれば、それはビジネスチャンスをみすみす失うわけだから、銀行が無能ということだ。いまはほとんどの銀行が「カネ余り」の状態にあり、優良な貸出を増やしたいと頑張っている状況である。積極的に「貸さない」ことがあるだろうか。
百歩譲って、本当に貸し渋りが問題だとしよう。その場合は、貸し渋りとは何かを定義し、その問題点を具体的に検証し、今後どうすれば貸し渋りを止められるかを検討する、という手順を踏むべきだ。「既存のローンの返済猶予」というような稚拙な対症療法では将来の貸し渋りを助長するだけだ。一方で、「貸し渋り解消」の名のもとで返済がおぼつかない企業にまで貸せというのは論外であること言うまでもない。
政府が自らリスクを負えばいい
憲法上の問題もある。金融機関に返済猶予を強制させる政策は「財産権は、これを侵してはならない」という憲法第29条第1項違反の疑いが強い。同法第2項には「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」とあるが、「公共の福祉」の名のもとに正当な融資契約を突然反故にすることはどう考えてもおかしい。
政府がどうしても中小企業に資金を援助したいのならば、銀行に返済猶予を無理強いさせるのではなく、政府自身がリスクを負ってカネを出すのが本来、筋というもの。当初の満期日に借り手の代わりに政府が銀行に資金を返済してあげれば、少なくとも銀行のバランスシートを傷めることはない。
たとえば、現状でも地方銀行などに公的資金を資本注入する改正金融機能強化法の趣旨は、中小企業の資金繰り支援にあり、これが間接的ではあるが中小企業向け融資に回っている。おそらく亀井大臣はそういった仕組みでは不十分というのだろう。とはいえ、今の政府に現状以上の、中小企業や個人の住宅ローンを肩代わりするカネなどない。そこで、銀行に返済猶予を強制させよう、という短絡的な発想になったのだろう。
亀井大臣は経済の専門家の意見を十分に取り入れないといけない。経済担当閣僚は日本経済の舵取りを任されたパイロットだ。ど素人が好き勝手に操縦していたら、日本経済は必ず失速する。金融担当大臣の最大の使命は金融システムを正常に、円滑に動かすことであって、持論を強引に推し進めることではない。
++ 枝川二郎プロフィール
枝川二郎(えだがわ じろう)国際金融アナリスト
大手外資系証券でアナリストとして活躍。米国ニューヨークで国際金融の最前線で活躍。金融・経済のみならず政治、外交、文化などにもアンテナを張り巡らせて、世界の動きをウォッチ。その鋭い分析力と情報収集力には定評がある。