テレビがなぜ「新聞再販」報じないか 民主新政権のマスコミ政策に注目
(連載「テレビ崩壊」第10回<最終回>/ビデオジャーナリスト・神保哲生さんに聞く )

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   民主党は記者クラブ加盟社以外でも記者会見に参加できる「記者会見のオープン化」を進めている。民主党が政権をとった今、テレビをはじめとするメディアはどのように変わるのだろうか。連載の最終回は、民主党のメディア政策について、ビデオジャーナリストの神保哲生さんに聞いた。

――神保さんは2009年7月27日のマニフェスト発表会見で、「記者会見を開放する」方針がマニフェストに入っていない理由を鳩山由紀夫代表に質問しました。鳩山氏は「マニフェストに入れるまでもない」とした上で、政権獲得後も記者会見をオープンにする方針を改めて強調しました。このことで、テレビを始めとするメディアは、どう変わるのでしょうか。

神保 テレビ・新聞は、これまで、1次情報に関しては記者クラブという参入障壁に守られて、寡占状態になっていました。そのため、彼らは会見に出て発表モノを報じるだけで、仕事のある程度の部分は成り立ってしまっていました。ところが、新政権では、政府の会見がオープンになる。会見の内容を報じるだけでは差別化できなくなるので、希望的観測をすると、少しは分析的・検証的なものが出て来る可能性もあります。

番記者懇談は明らかにアンフェアなので、やめるべきだ

「会見のオープン化は、僕らにボールが投げられた状態」と話す神保哲生さん
「会見のオープン化は、僕らにボールが投げられた状態」と話す神保哲生さん

――記事の質が上がる、ということでしょうか。

神保 ただ、そうなるとは限りません。現状の「会見がオープンになっていなくて、単なる親睦団体であるはずの記者クラブのみにアクセスが認められている」という状態が問題なんです。現段階では、「記者会見に出られるという特権を享受することで、自らが脆弱な位置に立たされている」という点が問題です。具体的には「気に食わないことを言ったり掟を破れば、出入り禁止になるなどの制裁がある」ので、クラブ構成員は予定調和の範囲内で行動するという仕組みが出来上がっています。1社だけ違うことはやらないし、他の人がある程度を超えていやがることはやらない。

――現状では「記者会見に出られる特権を失いたくないので、当たり障りのない質問しか出ない」ということですね。

神保 会見がオープンになるということは、会見に出られることが特権ではなくなることを意味します。これは、ほんの一面に過ぎません。もっと大事なことがある。それは、「記者がどんなにイヤな質問をしても、それを理由にして会見に出られなくなることはない」ということです。欧米の会見がオープンな理由は、それだけです。反社会的なことをしない限り、出入り禁止はないということです。
いわゆる「KY」な質問や、突然愛人スキャンダルに関する質問をしたとしても、全然問題ない。政治家には嫌われるが、それでも会見には出られる。結果として、「会見が真剣勝負の場になる」ということ。これが一番大事です。実は、会見がオープンになった時には、僕ら記者がちゃんと勉強し、クラブ構成員がとても聞かないような質問を連発することで、初めて、その意味が出てくると言えます。

――新規参入者の努力があって初めて、記者会見が「ガチンコ勝負」の場になると言うことですね。

神保 他にも問題はあるんです。今は会見後に「番記者懇談」なるものが行われています。この状態が続くと、「会見には行けるが、懇談には行けない」という懲罰的・制裁的な対応が可能になってしまいます。それだと、会見が「真剣勝負の場」になりにくくなる。懇談は明らかにアンフェアなので、やめるべきです。他社がみんな懇談に出ているのに、例えば「A社だけ厳しい質問をするので懇談には呼ばれない」という状態では、やはり記事の質に差が出てくるでしょう。
元々、記者会見の趣旨は「役人が記者からの質問を1人ずつ受けていたら、時間がかかってしょうがない。質問をする場を設けるので、同じ質問をしたい人も多いでしょうから、質問はまとめてして下さい」というものです。なのに、その後に懇談をやってるなんて訳がわからない。そんな暇があったら個別対応すべきです。

新聞社は放送局を持つことで、権力の影響を受けやすくなっている

――そういえば、記者は会見や懇談以外にも、公務員の自宅に「夜回り」することでネタを取ることが重要だとされています。

神保 民主党は、公務員と政治家との距離について一定の制限を設ける、という考えを示しています。これは、癒着を防ぐことを狙いとしたもので、「会うことを禁ずるか、会った場合は、会ったことを記録して情報公開する」という方針です。同じことが、記者と公務員についても言えるはずです。公務員が非公式の場で記者に会って特権的な情報を与えることは、あってはならないことです。公務員が夜回りを受けるということは、完全に公務員法違反ですよ。記者はちゃんと会見で聞きなさい、ということです。

――中々、「会見が開放されて良い」という、一般的に言われているような簡単な話ではないようですね。

神保 これまで会見に入れなかった記者たちが会見に入れるようになるのは、いいことですが、その結果会見に入れるということの価値は下がります。特権ではなくなるわけですから。だとすると新しく入ってくる人たちにとっては、価値が下がったものへのアクセスが可能になるだけということになります。その意味では、新しいメディアが新規参入したとしても、それだけで採算が取れるような事業計画は描けないでしょう。ただし、「会見-懇談-夜回り」という一連の流れが無くなれば、会見の質は非常に上がるかも知れません。それは、新しく会見に参加する記者の勉強量や意欲にかかってきます。会見できちんとした質問をするためには、普段から継続的に取材して、勉強していないとダメですよね。それで初めて「クラブの外から記者が参加するようになって、会見が活性化しましたね」となると思います。

――現状のメディアを取り囲む問題として、記者クラブ問題の他に、(同一資本がテレビと新聞の両方を保有する)クロスオーナーシップを挙げています。何が問題なのでしょう。

神保 本来は再販問題の利害当事者ではないはずのテレビが、クロスオーナーシップのせいで、再販問題について報じられなくなっています。テレビが完全に利害当事者になってしまったんです。
逆に、新聞社が権力に弱い放送局を持っていることで、権力の影響を受けやすくなってしまっている。クロスオーナーシップは多くの先進国で禁じられているのですが、その理由は「言論多様化の妨げになる」からです。日本では「テレビ局をやろうとすると、新聞社と組まないと明らかに不利」ということで、クロスオーナーシップが組み合わさった結果、5大紙にテレビ5系列が存在しています。このような状況では、例えば朝日新聞とテレビ朝日とで根本的に立ち位置が違うような状況が生まれるはずがありません。他系列も同様です。この時点で、本来は10あるべき言論が、5になってしまっている。
 メディアというのは、特別な存在です。何か世の中に問題が起こった場合、それをメディアが伝えるからこそ、「世の中が、それを許容しない」ということが起こる。一方、メディア自身が、自分の行為を「すみませんが、自分はこんな良くないことをやっているんです」とカミングアウトすることはありません。唯一、この状況を正す方法は、メディア間での相互批判を担保することです。例えばNHKが民放を、雑誌が新聞を、新聞がテレビを批判する、といったように。ところが、クロスオーナーシップで、「新聞-テレビ」という最も影響力のあるメディアによる相互批判が失われています。「再販問題をテレビが全く報じない」というのが、その典型です。

マスコミ既得権益が何かを知らないことが多い

――民主党は、クロスオーナーシップの見直しを掲げています。

神保 日本にも「新聞とテレビとラジオを同時に持たなければ良い」という「集中排除原則」があります。この原則の見直しが進むはずです。ものすごい抵抗にあうと思いますが、彼らが着手できなかった場合は、こちらから後押ししないといけないと思っています。ただ、惜しいのは、このくだりが政策集「INDEX2009」にしか入っていなくて、マニフェストには盛り込まれていないことです。

――「INDEX2009」では、「日本版FCC」の創設もうたわれていますね。この意義は、どこにあるのでしょうか。

神保 ジャーナリズムの担い手でもあるテレビが、監視対象であるはずの政府から免許をもらうという現状が問題なんです。さらに、電波は国民の資産ですから、政府が恣意的に割り当てるのもおかしい。この2つの機能を、国民の代表である第三者機関が果たすべきだ、という議論です。
FCCに代表される独立行政委員会と呼ばれる第三者委員会は、政権交代があるからこそ中立性が担保されるものです。政府が委員を任命するので、当然政治性が入ります。ところが、政権交代のたびに、メンバーが入れ替わるので、結果として中立になる。独立行政委員会が出来ること自体は良いことだと思いますが、民主党の力が強すぎると、機能しなくなるのではないかという懸念を持っています。自民党にも、もうすこし踏ん張ってもらわないと…。

――政権が変わると、既得権益を持つ既存マスコミは「改革される側」。抵抗しそうですね。

神保 政権発足当初は、ハネムーン的雰囲気もあるかも知れませんが、民主党が、本格的に既得権益をはがそうとしたときが勝負です。メディアの側が「特殊法人などの既得権益も一理ある」という報道を始める可能性についても、気をつけるべきです。一般の人は、マスコミ既得権益が何かを知らないことが多い。報じ方によって「どっちが悪でどっちが善か」は、簡単に変えられてしまいます。そうなると、「やりすぎじゃないか」という世論が起こる可能性も皆無ではありません。今のところ、メディアは「お手並み拝見」というところでしょうか。

――神保さんは、10年前からインターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」を運営しています。民主党政権誕生で、ご自身の番組は、どのように変わりますか。

神保 これまでやってきたことを、粛粛と続けていくだけですね。会見のオープン化は、僕らにボールが投げられた状態です。ちゃんと勉強して質問しないといけない。マンパワーが許される限りやります。それ以外は大きく変わりません。ただ、多少取材できる領域が広がる可能性があるので、それは期待しています。
これからの僕らの仕事は、民主党政権をチェックすること。民主党側からすると「これまで友好的だと思っていた神保さんが、あの日を境に厳しくなった」と思ってもらわないと困ります。逆に言うと、自民党が、どのようにして政党としてのアイデンティティを回復するかについても見ていかないといけません。外側から見ると「民主党に厳しくて自民党に甘い」報道になっても不思議はありません。だって、少数野党の座に落ちた自民党は、もはやチェックされるべき主要な権力ではなくなってしまった訳ですから。むしろ、自民党が再起することが、民主党の暴走を防ぐという意味で、市民社会にとっては利益になるんです。

神保哲生さん プロフィール

   じんぼう・てつお ジャーナリスト。1961年東京生まれ。15歳で渡米。一時帰国し、国際基督教大学(ICU)教養学部社会科学科卒。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信などアメリカ報道機関の記者を経て1994年独立。以来、ビデオジャーナリストとして日米を中心とする世界各国の放送局向けに映像リポートやドキュメンタリーを多数提供。2000年1月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立し代表に就任、現在に至る。

   著書に『ツバル─地球温暖化に沈む国』(春秋社)、『地雷リポート』(築地書館)、『ビデオジャーナリズム─カメラを持って世界に飛びだそう』(明石書店)、『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか? 』(ダイヤモンド社)など。専門は国際政治、地球環境問題、メディア倫理。特に近年は地球温暖化、非人道的兵器、民主党の政策を精力的に取材している。なお、代表を務める「ビデオニュース・ドットコム」(http://www.videonews.com/)では、「特集・民主党政権を展望する」を配信中。

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