「議長を上回る選択肢はなかった」
だが、バーナンキ議長は危機後に異例の金融緩和策に乗り出した。立て続けに利下げを断行し、08年12月には米国で初の事実上のゼロ金利政策に踏み切った。09年3月には最大3000億ドルの長期国債の買い取りを決めるなど市場に大量の資金を供給し続けた。
「マエストロ(巨匠)」と呼ばれたグリーンスパン氏の後任で、学者出身の理論家だけに、2006年2月の就任当初は手腕を危ぶむ声もあったが、大胆な行動が奏功し、今春以降、米国経済に底打ちの兆しが出てきた。市場の評価も高まり、09年7月に米ブルームバーグが投資家やアナリストに実施した調査では、金融経済政策のリーダーとして、議長が74%の支持を集め、2位のガイトナー米財務長官(57%)などを大きく引き離した。
オバマ大統領としても、自らの大型経済対策と歩調を合わせてきたバーナンキ議長の「功績」は尊重せざるをえなかったようだ。米ウォールストリート・ジャーナル紙は「ホワイトハウスは複数の代案も考慮したが、(議長を上回る)選択肢はなかった」と伝えた。休暇中という異例の時期の再任発表は「任期切れ直前まで再任が決まらないと、市場に無用の憶測を引き起こし、動揺を招きかねない」との意向が働いたとみられる。