構想から57年、2009年9月11日にようやく本体工事の入札が行われる予定だった群馬県の八ツ場(やんば)ダムの建設が、続行か、中止かで揺れている。マニフェストで「八ツ場ダムの建設中止」を打ち出した民主党が政権交代を果たしたため、首都圏の「水がめ」と期待する1都5県と、地域の活性化や生活再生を望む「推進派」の地元住民が、「建設続行」を求めた。建設反対派の声がかすみつつある情勢に、民主党の「実行力」が早くも試されそうだ。
町役場は「ダム建設に反対している町民はいない」
9月11日に迫った八ツ場ダムの本体工事の入札を前に国土交通省は、谷口博昭事務次官が「政権交代という情勢を踏まえ、対応を考えたい」と、入札の延期に向けた検討を進めていることを明らかにした。「現時点で決まっていることはない」(国交省)というが、大臣が変わるので一たん延期は間違いない。 その一方で、2010年度予算の概算要求では八ツ場ダムの建設続行を前提に、75億円を計上した。
八ツ場ダムの総事業費は約4600億円。そのうちの約7割が執行済みとされる。なにしろ構想から57年、事業開始から42年が経過。すでにダム周辺のインフラ工事は進んでいて、橋や道路の建設、将来的にはJR吾妻線が移設予定で、国交省によると「総事業費の大半が生活再生費用に充てられる」という。
自民党政権のままであれば、入札が粛々と行われ、いよいよ本体工事となるはずだった。
ところが、民主党がマニフェストに「八ツ場ダムの建設中止」を盛り込んだ。「利水と治水の両面でダム建設の必要性がなく、巨額の無駄な公費が浪費される」ことや「環境保全」などが理由だ。
これに対して、上田清司・埼玉県知事は8月5日に、民主党の鳩山由紀夫代表宛に八ツ場ダムの建設中止の見直しを要請した文書を郵送している。
それによると、「八ツ場ダムは水道水の確保と利根川の洪水調節の両面において必要不可欠なダムである」ことや「地元・長野原町などの関係自治体の声を聞くことなくマニフェストに記載された」ことを理由に建設続行を求めた。なかでも、八ツ場ダムの建設を中止した場合、「逆に支出が増える」と、事実誤認を指摘した。
八ツ場ダムの地元、長野原町や東吾妻町もダム建設には賛成だ。高山欣也・長野原町長や茂木伸一・東吾妻町長らも8月6日に、民主党に対して建設中止の撤回を要請した。
長野原町役場は「ダム建設に反対している町民はいない」とまでいう。総選挙での「民主圧勝」後のいまも、「建設推進の立場に変わりはありません」と言い切る。
自治体の同意得るのは難しそう
埼玉県の上田知事の「見直し要請」に、民主党はネクストキャビネット国交相の長浜博行氏がこう答えている。「国費支出については、今後の事業費再増額の要因はいくつもあるので、広い視点から見たとき無駄な公費の支出をなくすために、一刻も早く中止すべきと考える」と、理解を求めた。
また、「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法(仮称)」をつくり、ダム建設を中止した場合の生活再建・地域振興を進めるとしている。
反対派グループの「八ツ場あしたの会」は、ダム建設が地方の雇用創出などに役立つという考えに理解を示しながらも、「治水と利水の目的も社会情勢の変化で、すでに失っています。他のダムをみても、経済効果は完成後の10年程度を経過すると地域が衰退した前例もあります。公費は別の使い方があるはずです」(事務局)と反対の理由を説明する。
地元・長野原町は「(中止に向けた)具体的な手順や内容がなにも出てこないうちに、こちらが対策を練るのもおかしなこと」と、静観の構え。
ダム建設を中止するには国が関係自治体に意見聴取する必要があるが、ダムの受益地にあたる1都5県も、地元自治体も「建設反対」の声はほとんど聞かれず、中止の同意を得るのは簡単ではなさそうだ。