リーマンショックに端を発する不況の大波は日本の製造業を直撃し、多数の「派遣切り」を生んだ。正社員と非正社員の間に横たわる圧倒的な格差。この矛盾を改善するため、派遣という雇用形態を再び禁止しようという動きが進んでいる。だが、人事コンサルタントの城繁幸さん(35歳)は「派遣禁止は失業者を増やすだけで、根本的な解決策にはならない」と強く批判する。
派遣禁止は失業者を増やすだけ
――各党のマニフェストを採点したそうですね。
城 労働・雇用分野について採点しましたが、あまりにも点が低い。どの政党も100点満点の20点以下。みんな赤点です(笑)。僕の採点で一番高いのは自民党ですが、雇用に関して何もしないからにすぎません。他の政党はかえって失業者を増やすような政策を出しているので、減点されています。
――減点対象となっている政策とはなんですか?
城 一番は派遣禁止ですね。社民や共産はもともとそういう主張でしたし、民主党も社民と協力関係にあるから、派遣禁止という方向で動いている。でも、派遣禁止という形で後戻りすることは、失業者を増やすだけです。
――なぜ、そうなるのでしょうか?
城 日本国全体で考えてみれば、法律がいかなるものであったとしても、労働者全体が受け取れる収入の「総額」は変わらないわけです。限られた原資のなかでたくさん人を雇おうとしても、解雇規制が強い正社員としては雇うのに限界がある。そこで、90年代後半に派遣法が改正されて、より柔軟な雇用ができるようになった。
それまでだったら雇えなかったような職にも派遣社員として雇えるようになったわけです。小泉政権の誕生前後で失業率が1%ぐらい改善していますが、それは、派遣法改正でより多くの人を国内で雇えるようになったからです。
正社員時給1000円、派遣社員2000円ぐらいでいい
――派遣を禁止すれば、また元に戻ってしまうと?
城 法改正以前の正社員中心の制度に戻したとしても、人件費の総額が増えるわけではないのだから、また昔の失業率に戻るだけです。さらに言うと、2000年前後からメーカー中心に日本へ戻ってきている仕事があるんですが、それがまた中国やベトナムあたりに出て行ってしまう。長期的にみて、本当によいことなのか。
実は韓国がまったく同じ轍(てつ)を踏んでいます。ノ・ムヒョン政権が「2年以上、非正規雇用を雇用したら正社員にしなければならない」という法律を作ったら、リミット直前での解雇が続出している。100万人がクビを切られるという試算もあり、日本なら、その倍の200万人が失業する可能性があるわけです。それでいいんですか、ということですね。
――派遣禁止は雇用問題の解決にならないということですが、では、どうすればいいのでしょうか。
城 要するに、正社員も全部ふくめたうえで、「人材の流動化」をしましょうということです。いわゆる「労働ビッグバン」の実行です。小泉改革では、派遣法の改正によって派遣社員という非正規雇用の枠を拡大した。本当は、同時に正社員の賃下げ・クビ切りも認めなければいけなかったんですが、そこまではできなかった。
労働ビッグバンというのは小泉政権で少し掲げられていましたが、連合や野党の反対もあって、その後まったく言われなくなってしまった。結果として、正社員は従来どおり安定したまま。逆に、すべてのコストカットや雇用リスクは非正規側に押し付けられている。これでは、ダブルスタンダードですよね。
――リーマンショック以来の「派遣切り」はその象徴といえますね。
城 考えてみれば、非常に不思議な話です。本来だったら、安定していてリスクのない正社員のほうが賃金は安くすべきなんですよ。たとえば、正社員が時給1000円なのに対して、派遣社員は時給2000円ぐらいでいい。それが給料は安いうえに、クビも切られてしまうんですからね。
こんな不合理な事態が起きるのは、単純に規制による不合理な歪みのため。いまこそ、すみやかに労働ビッグバンを進めるべきです。「不況だからダメだ」という人がいますけど、逆です。不況のいまこそやるべきですね。
雇用規制緩和で大手は派遣を直接雇用に切り替える
――なぜ「不況のいまこそ」なのでしょうか?
城 さきほども話したように企業が人件費として払える総額は変わらないので、正社員のリストラや賃下げを禁止しても、そのしわ寄せが非正規や下請けに行くだけです。確かに大企業の正社員は守られるかもしれませんが、それ以外の企業や労働者は守られない。さらに、新規採用が抑制されるので、就職氷河期世代がまた生まれることになる。逆に、いま人材の流動化を実施すれば、「これから社会に出る人」に対するメリットが大きいはずです。
――それは、どういうことですか?
城 実はいまでもすでに、外資系のコンサルタント会社などは「人材の流動化」が実現しているんですが、そういうところは、日系の大企業だったら絶対採用しないような人、たとえば4回留年している人とか、2年前に卒業したけど職歴がないという人を平気でとるんですよ。もし問題があれば、あとで賃下げしたり、クビ切りしたりできるからです。
報酬も日系企業みたいに全員がエスカレーター式に上がっていくことはないので、能力がない人はいつまでも底のまま。だから、採用時にリスクがおかせるわけです。終身雇用の責務から解放してあげれば、日本の企業も同じことをやるはずです。
――労働ビッグバンにより、企業の採用の幅が広がると?
城 そういうことです。雇用規制が緩和されれば、企業は30代のフリーターや派遣社員に対してもオファーを出しますよ。たとえば、大手メーカーはラインで使っている派遣社員を直接雇用に切り替えるでしょうね。派遣会社にお金を払うメリットがないですから。理論上は、派遣社員だった人の収入も3割ぐらい上がるはずです。
――人材の動きが硬直化すると、必要なところに適切な人材が配置されないわけですから、日本経済全体にとってもよくないですよね?
城 そうですよね。新しい価値観やイノベーションを生むようなダイナミズムというのは、新陳代謝をおこなっていないと、絶対に出てこないですよ。その意味でも、全部ひっくるめてゼロ・リセットしましょう、ということです。
※インタビュー第8回は、ドットジェイピー関東支部代表の大久保勇輝さんです。
城 繁幸さん プロフィール
じょう しげゆき 1973年、山口県生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。人事部などを経て、2004年に人事コンサルタントとして独立。評論家としても活動し、雇用問題について若者の視点を取り入れたユニークな意見を発信している。著書に『若者はなぜ3年で辞めるのか?』『たった1%の賃下げが99%を幸せにする』など。