新生銀行とあおぞら銀行は2010年10月に合併することで合意した。ともに筆頭株主の米ファンド主導で推し進めた海外投資路線が金融危機で崩壊し、合併による規模拡大や経営効率化を通じて生き残りを図る。だが、いずれも破綻した旧長信銀が前身で、ぜい弱な収益基盤は否めず、合併後も再建は「いばらの道」となりそうだ。
海外投資に傾斜したのが裏目にでる
合併比率は1対1の対等合併で、新生銀が存続会社。合併後の総資産は約18兆円となり、銀行業界では中央三井トラスト・ホールディングスを抜いて6位に浮上する。両行は海外の証券化商品などに積極的に投資してきたが、市場の混乱で多額の損失を抱え、09年3月期決算の最終赤字は新生銀が1430億円、あおぞら銀が2425億円に上った。
関係者によると、合併構想は金融庁で2008年末に浮上した。両行の前身は新生銀が旧日本長期信用銀行、あおぞら銀が旧日本債券信用銀行。公的資金の残高は新生銀が2169億円、あおぞら銀が1793億円。株価が低迷し、公的資金返済のめどが立たないうえ、金融危機の影響で地方銀行向けの金融債の発行ができなくなり、資金調達に窮する事態に直面した。苦境の打開策として、当局が両行に合併を打診し、協議が本格化したという。
両行はいずれも98年の旧長銀と旧日債銀の破綻・一時国有化後、米ファンドに売却され、新生はJCフラワーズ、あおぞらはサーベラスの傘下に入った。だが、外資に振り回され、あおぞらはサーベラスが買収した米ゼネラル・モーターズ(GM)の関連金融会社に出資し、「サーベラスの財布代わり」と呼ばれた挙げ句に、損失を余儀なくされた。ファンド側も金融危機で多額の損失を出し、両行の株を売り抜ける「出口」を探すために合併に同意したとみられている。
ただし、ファンドが海外投資に傾斜したのは、旧長信銀特有のぜい弱な国内収益基盤を補うためでもあった。都市銀行と異なり、預金集めをしてこなかったため、国内支店は少なく、3メガバンクに比べ、収益力の見劣りは歴然。そこに金融危機が襲い、旧長信銀の限界が一気に露呈した格好だ。
新会社は「国内回帰」を進める方針
両行は合併で重複店舗の解消やシステム統合などの経営効率化を図り、金融債で関係の深い地銀との連携強化を軸とした「国内回帰」を進める方針だ。合併後の新社長には池田憲人・前足利銀行頭取が就任する。池田氏は出身の横浜銀行で「頭取候補」と目されたこともあり、破綻した足利銀のトップに起用されて、再建に実績をあげた。地銀に豊富な人脈を持ち、地銀との関係強化に向けた布石のようだ。
池田氏は「メガバンクも地銀も手が届かない収益分野を探していく」と独自路線を目指す考えを示した。だが、具体的な方策は示せていない。これまでのファンド流の経営に幻滅した人材の流出も激しく、収益力の強化は簡単には進みそうにない。市場では「弱者連合」との陰口が叩かれており、「窮余の延命策」に終わる恐れもある。