ポスト麻生に待望論 舛添要一ってどんな人物?

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   自民党内に「舛添要一首相」待望論が出ているのだそうだ。舛添厚労相自身もノリノリで、そのあたりは意識しているようで、「自民党は舛添にお任せください」といったアピール演説をし始めた。いったいどんな人物なのか。

「日本全体は舛添要一が引っ張っていきます」

   「日本は舛添要一を中心に変えていきます!日本全体は舛添要一が一生懸命引っ張っていきます」。舛添大臣がそう発言したのは2009年7月3日、静岡県知事選の応援演説だった。

   「週刊文春」(09年7月16日号)によれば、6月27日にも応援のため静岡市に訪れ、自身が厚労相として行ってきた年金や医療改革、インフルエンザ対策の成果をアピール。「自民党は舛添に、県政は坂本(候補)にお任せください」といい大ウケだったと書いている。

   また、「文春」は「最も首相になりたい男が舛添だ」という自民党関係者の発言を掲載。党内の中堅・若手の間では、「舛添首相待望論」が広がっていて、舛添大臣が09年7月1日に、役所の部局を飛び越え大臣を補佐する「大臣政策室」を立ち上げたのも、自分が首相になったときの補佐官候補を探すのが目的だろうと推測している。

   「週刊新潮」(09年7月16日号)も、「ポスト麻生」を巡る自民党の動きを特集。麻生首相の次は、

「舛添氏に一本化されるのではと考えています」

との政治ジャーナリスト花岡信昭氏のコメントを掲載。同誌は、

「政界関係者の多くが共通して名を挙げるのは、圧倒的な人気を誇るとされる舛添氏である」

と解説した。

   ところで、総理総裁有力候補に躍り出た舛添氏とはどんな人物なのか。

   1948 年 11 月 29 日生まれで福岡県北九州市出身。東京大学法学部政治学科卒業後、同大学の法学部政治学科助手となり1979年に同教養学部政治学助教授。助教授時代にテレビ朝日系「朝まで生テレビ!」に出演して知名度が高まり、同「TVタックル」出演でお茶の間の人気者になった。01年の参院選で160万票近くを獲得し初当選。07年に2選目を果たした。安倍、福田、麻生内閣で厚労相に抜擢された。母親を5年に渡り介護してきたことは有名で、この時の介護を綴った本を何冊も出版している。

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