トヨタ自動車の豊田章男新社長は2009年6月25日に都内で開いた就任会見で全地域フルライン商品戦略との訣別を表明した。「トヨタの実力を照らし合わせたうえで攻める分野と退く分野を見定め、リソーセスを重点配備していく」と語り、「地域ごとに必要十分なラインアップ」へ転換する方針を示した。トヨタといえば全方位、技術でも商品でも営業でも、他社をして到底敵わないと思わせる、圧倒的なパワーと厚みが近年のグローバルトヨタの特徴であっただけに、そうした全方位のパワー経営から選択と集中へ舵を切ったことは、世界最大の自動車メーカーを取り巻く環境がいかに生易しいものでないかを表している。
全地域、小型車から大型車までフルラインが重荷
過去10年、トヨタは世界中で販売を伸ばし、生産拠点を展開してきた。2003年以降は毎年スバルの富士重工業1社分に相当する年間50万台以上も販売を増やし、ついに2008年、77年間にわたり世界最大手に君臨してきた米ゼネラルモーターズ(GM)を捉えた。この間、トヨタが何の不安も憂いもなく連戦連勝を重ねたわけではない。最大の難局は2004年から2006年にかけて日米で表面化した品質問題だった。
このときトヨタは強力な体制を敷いて事に当たった。まず対処療法として生産工程における品質チェックの要員、システムを増やして不良を工場の外に出さないようにした。同時に設計、購買、生産などの各分野の工程で最初から不良を出さないよう、業務の見直しを行った。リコール件数は減り品質問題も沈静化していった。その間も世界的なトヨタの成長は続いており、いわば全力で走りながら課題を解決するという力業をやってのけたことになる。
だがトヨタの全方位パワー経営は2008年9月のリーマンショックに端を発した世界的な金融・経済危機に突き当たり、瞬く間に解決困難な状況に包囲された。世界最大手に立った記念すべき2008年度の営業利益は4610億円の赤字に沈み、前年度から2兆7313億円悪化した。全地域、小型車から大型車までフルラインで商品を揃え、供給体制を整えてきた超重量級の布陣が、落ち込みをカバーする地域の見当たらない未曾有の危機下では強烈な重荷になった。
「どのくらいの価格ならばお客さまに満足いただけるのか」
豊田社長は「この車は何台売るのか、どれくらい利益を出すのかではなく、どのような車がその地域で喜んでもらえるのか、どのくらいの価格ならばお客さまに満足いただけるのかということを考え車づくりを行う」と、商品軸、地域軸の経営への転換を強調した。新型プリウスはその第一弾で価格は当初想定より数十万円引き下げ205万円からとした。受注が20万台を突破するなど成功を収めたものの、プリウスの商品価値が突出してトヨタ車ラインアップのバランスを崩してしまったのは確かで、カローラなど他車種も今後コストダウンと値下げに動くと見られる。同業他社からは「最近あまりいい車がなかった。さすがのトヨタも粗製乱造になっていたのではないか」との声も聞こえる。存在価値の薄れた車種の統廃合も進む見通しだ。
「必要十分なラインアップ」に加えて豊田社長は「お客さまニーズを先取りした新コンセプトの車」を投入していく考えも示した。「カーガイ」を自負する新社長のもと、トヨタはどんな車を世に問うていくだろうか。関心が集まるのはやはり商品である。