ネット上では突如として話題になった、丸みを帯びたゴシック体のようなフォントがある。作者の名前を取って「修悦体」という。実はこれ、ある警備員が独自に作り出したフォントなのだ。この「修悦体」の作り方を紹介した本が2009年4月8日、世界文化社から発売されることになった。
新宿駅の仮案内板、いったい誰が作ったのか
「修悦体」が最初に話題になったのは2004年。JR新宿駅東口でおこなわれていた部分改修工事の際、ガムテープで作られた仮案内板があった。しかも、文字はゴシック体に似ていながら、丸みを帯びていて妙に個性的。単なる手仕事にしては手が込んでいる。ネット上では当時、いったい誰が作ったのか、話題となった。
そんな中、企画集団トリオフォーの山下陽光さんは、文字の作者を突き止め、取材した。この内容はYouTubeにもアップされ、1か月間で9万件アクセスされたという。そして、その作者というのが佐藤修悦さん(55)だ。三和警備保障につとめる、警備員だ。「修悦体」とは佐藤さんの名前をとり、こう呼ばれるようになった。
YouTubeにアップされた取材動画によると、もともと佐藤さんは新宿駅の工事期間中、お客さんの誘導をしていた。ところが、迷路のような通路をお客さんに伝えるのは、困難だった。同じことを繰り返し聞かれ続けることも、大変な負担だったという。
そこで、駅の通路番号をガムテープで作成した。1番線や2番線といった文字を描き、誘導の補助として利用したのだ。そうしたところ、JRの担当者が「これはいい」と絶賛。文字や矢印を駆使した案内板が、次々と作成されることになったのだ。大きな文字は一覧性に富み、乗客のスムーズな移動に一役買った。
取材を試みた山下さんは「仮でいいはずなのに、あんなに手の込んだ文字に惹かれたんです(笑)。だって、マジックでもいいわけでしょ。佐藤さんは伝えるためには丁寧にやらなくてはと言います。その潔さには惹かれます」と話している。
なお、佐藤さんは2007年にも、JR東日本日暮里駅で改修現場の誘導を担当した。ここでも、ガムテープを使った、完成度の高い案内板を製作。この様子は、新聞やNHKも取り上げた。なお、2008年に公開された映画「まぼろしの邪馬台国」の題字も担当している。
「すでにプロのデザインレベル」
そんな「修悦体」の作り方が紹介された書籍「話題の新書体『修悦体』をマスターして ガムテープで文字を書こう!」が、世界文化社から2009年4月8日、発売される。価格は1500円。初版5000部を予定している。
発売に際して、個人のブログでは、「満を持して、とうとうこのフォントを書くための本が出ました!(中略)でも、まさか本が出るまでになるとは!」とか、「そしてなんと、本まで出ます!(中略)習得したいところ。でもこの領域はマネのレベルじゃないですね。すでにプロのデザインレベル」などと、すでに注目されているようだ。
発売元の世界文化社の編集担当者、道面和敬さんは、「『修悦体』の作り方が掲載されるのは、はじめてです。高校生が文化祭の立て看板を作ってみたり、『ガンバレ日本』と手作りしてみたり、居酒屋の店長がアルバイト募集の看板にしてみたりするのはどうでしょう」とアピールする。
道面さんが実際に作ってみたところ、見本を見ながらやれば簡単にできるとのこと。費やす時間は4文字で1時間くらいだった。ちなみに、こんな裏話も明かす。
「実は、佐藤さんへは『修悦体』で看板や名刺のデザインをしてくれ、という問い合わせが友人知人からも、たくさん寄せられているみたいです。そんなわけで、知り合いに向けては、『この本をみて、自分で作ってほしい』という思いもあるようです(笑)」
もっとも、佐藤さんは要望に対して丁寧に作る、サービス精神のある人なのだそうだ。書籍の発売時、都内の書店などでは、佐藤さん自身が作った「修悦体」の看板を出して目立たせていくと話している。