「痴漢のプロ」は、すぐに捕まらない算段をしている
――そもそも、痴漢被害を訴える女性の中には、何らかの特別の意図があるケースもあるのでは。
井上 「特別な意図」としては、(1)示談金目当て(2)相手を陥れて社会的に葬るための手段、といったことがあります。特に後者は、会社の人事抗争に多いですよね。
ただ、「特別な意図」で痴漢被害を訴える人は、そんなに多くないです。あらかたは、「痴漢被害自体はあったけれども、犯人を人違いしている」というケースです。そもそも満員電車では誰がやったか分かりませんし、「痴漢のプロ」は、すぐには捕まらない算段をしているそうですから、「プロ」の周辺にいた人が、たまたま捕まってしまう、ということもあるようです。
逆に女性の側から見ると、「この人が犯人だ!!」と思い込んでいる場合でも、客観的に見ると間違っている、ということも十分あり得ます。裁判官もその点を慎重に検討すべきですが、判決文を読むと、実際はそうなっていない、というのが現状です。
――最近は、いくつか無罪判決も出るようになったようですね。
井上 最近になって弁護人が「痴漢冤罪」の問題に目を向けるようになった、ということはあるでしょうね。冤罪の中で、一番可能性が高いのは痴漢でしょう。さすがに殺人で、こんな適当な裁判はやらないでしょう。微罪だからこそ、取り調べがいい加減だという面はあります。痴漢だったら「20万で釈放されるのなら」と自白してしまうかも知れませんが、殺人ではそう簡単にはいきません。だからこそ、痴漢に色々な意味で、冤罪の要素が集まっている面はあります。
痴漢の裁判で、このようにずさんなことが行われているということは、もっと重い罪でも怪しいのでは、と疑っています。これは本当に痴漢だけの問題なんだろうか、と思ってしまいます。
――改善する兆しはあるのでしょうか。
井上 裁判官が変わらないとダメでしょうね。ところが、建前上、彼らは独立していることになっていますから、例えば偉い人が「これはいかん」と指示したところで、現場の裁判官が変わる、という仕組みになっていないんです。だから、裁判官の頭を変えるのは大変ですね。地道に、裁判官の良心に訴えるしかないのではないでしょうか。
井上薫さん プロフィール
いのうえ・かおる 1954年東京都生まれ。東京大学理学部化学科卒、同修士課程修了。司法試験合格後、判事補を経て1996年判事任官。2006年退官し、2007年弁護士登録。司法行政の裁判干渉に反対し、裁判官の独立を守る活動を続けている。著書に「司法のしゃべりすぎ」など。