毒ギョーザ事件が起こった2008年は、食品不信の嵐が吹き荒れた。そんな中でも、オージー・ビーフは、安全性の確保に力を注ぎ、消費者からの信頼は厚い。アメリカ産解禁から久しいのに、日本の輸入牛肉の約8割を占めているのだ。日本の外食産業トップのマクドナルドも、その点を評価して主な取引先に選んでいる。「信頼の理由」を現地で追った。
牛の耳に電子タグ、トレーサビリティ確立
電子タグからの読み取り。個体識別番号と農場識別番号などが分かる
「日本は、ナンバー1のカスタマーですね。50年以上のお付き合いがありますし」
オージー・ビーフは、今ではオーストラリアの総輸出量のおよそ4割が日本向けになっている。生産農家でつくる豪州肉牛生産者協議会のビル・ブレイ会長は、J-CASTニュースの豪州取材で、日豪関係の重要さをこう強調した。
日本の牛肉輸入が自由化されたのは1991年。そのころから、オージー・ビーフは本格的に日本に入ってきた。それ以来、手頃な価格と安全性を武器に、輸入が年々増えてきた。特に、BSE問題で2003年にアメリカ産が輸入禁止となったのを転機に、その代替として飛躍的に伸びた。アメリカ産は06年7月から本格的に輸入再開されたが、その不信感が根強いこともあって、現在もオージー・ビーフは輸入牛肉の約8割、日本の消費牛肉のほぼ半分を占めている。
オージー・ビーフ人気の背景には、価格の手頃さのほかに、その安全性の高さが挙げられる。もともとオーストラリアは、日本と同じく四方を海に囲まれていることもあって疫病が入りにくく、これまでにBSEの発生すらない。豊かな自然から収穫できる農産物は多く、輸入の飼料などを使わず自国産だけで完結できる強みもある。
さらに、生産農家の徹底した安全管理も売り物だ。オーストラリアの農家では、世界に先駆けて1960年代から農場を識別するための番号札を牛に付ける試みを導入。97年からは、個体識別番号と農場識別番号の入った電子タグを牛の耳に付けるようになり、2005年の義務化に伴いコンピュータで移動履歴データを厳重に管理している。
ニューサウスウェールズ州のジョン・ギブソンさん(59)方の牧場では、約300頭の牛の耳にボタン型のタグが付いていた。「生まれて8か月の出荷時期が近づきますと、タグを付けます。それを食肉加工場でスキャンしてもらい、日付や場所、体重なども記録するんですよ」
タグの記録は、ギブソンさんのパソコンにも読み取り機から取り込まれ、ネット経由で豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)のデータベースに送られる。農場での飼育状況は、エサや飲み水、獣医薬品の使用歴までを生産者が申告している。これで牛肉加工段階に問題が分かっても、その原因を生んだ農場までの履歴と原因を調べられるわけだ。問題の原因が追跡可能という意味で、トレーサビリティと呼ばれている。
工場では、脊柱除去などによるBSE対策を実施
牛の脊柱切り落とし作業
日本では、BSE騒動の余波などで、まだ牛肉消費は完全に回復していない。騒動が起きる前の2000年に比べ、消費量が2割強下がったままだ。
そんな中でも、オージー・ビーフでは、オーストラリアの食肉加工から日本の食品加工まで、安全性確保のための工夫や努力が続けられている。
オーストラリア最大の食肉加工会社スウィフト・オーストラリアが運営するクイーンズランド州の工場。そこを見学すると、使うナイフや手袋を熱湯や溶剤に入れて消毒をするまでの徹底した安全管理が行われていた。牛の解体作業では、牛の脊柱を入念に切り落とす。そして、脊柱のときは違うナイフで、1回ごとに後ろの洗浄台で手やナイフを洗いながら作業を行うという念の入れようだ。
トレーサビリティも徹底しており、牛肉ブロック入りの箱には加工日などのデータを必ず入れている。これと電子タグで農場まで追跡可能なわけだ。
工場の牛肉製造責任者のショーン・ジョンソンさん(42)と会社の品質管理責任者のマイケル・ジョンソンさん(38)の兄弟は、こう話す。
「日本は、生産の4割を出荷している重要なお客さまです。義務ではありませんが、1日に2回、違う牛肉加工過程で細菌チェックをしています。将来的には、『カイゼン』と呼ばれるトヨタのクオリティコントロールも製造過程に導入してみたい」
さらに、オージー・ビーフの信頼性は、日本に輸入後の各企業の努力にも支えられている。
例えば、オージー・ビーフをハンバーガーに使用しているマクドナルド。同社への日本最大のサプライヤーであるスターゼン株式会社 マクドナルド事業部 千葉工場で尋ねた。松本理工場長は、「大腸菌、サルモネラ菌など5項目にそれぞれ自主基準を設けています。できた牛肉のハンバーガーパティは、この基準内に収まっているかを厳しく確認した上で出荷しています」と説明する。
冷凍・解凍技術進歩がおいしさに一役
スピード解凍された牛肉の解凍温度をチェック(スターゼン株式会社 マクドナルド事業部 千葉工場)
オージー・ビーフと言えば、かつて草っぽい臭みがあると言われた。しかし飼育・加工・輸送技術の向上、そして穀物肥育牛の増加などから、消費者のあいだでのイメージもかなり変化してきた。
牛肉製造、食品加工の技術向上も、オージー・ビーフのおいしさに一役買っている。
前出のスウィフト・オーストラリア社では、冷蔵庫の近代化で、牛肉の鮮度を落とさない冷凍技術を編み出した。かつては天井の装置から冷たい風を吹き付けたため、天井から水滴が牛肉に垂れてその品質に影響した。しかし、現在は、庫内にある壁の後ろから冷たい風を回し込む構造のため、水滴が着かずに生の肉のおいしさをキープしている。
また、日本に輸入後も、鮮度を保つ努力がなされている。スターゼン株式会社 マクドナルド事業部 千葉工場では、解凍技術の改良を続けており、2008年3月には、性能のよい高周波解凍機を導入した。30キロ近くある凍った牛肉ブロックが、わずか1時間ほどでコンベアに載せながら解凍できるようになった。従来の高湿度解凍機では、16時間もかかるために旨み成分の肉汁がしみ出しがちだったが、これで生の肉に近いレベルを実現している。
今後は、豪ドル安で輸入も進み、おいしいオージー・ビーフが手軽に味わえるようになりそうだ。オージー・ビーフは、穀物価格上昇と中国などでの需要増から一時値が上がったが、イオンなどのスーパーが豪ドル安で円高差益還元セールをしている。
豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)のサマンサ・ジャミソン駐日代表は、「食品全体への懸念が増えている今の状況下でも、日本の皆さまがオージー・ビーフを信頼して下さっており、私どもも自信を深めています。円高に伴って輸入が増える見通しもあり、さらに日本での消費が拡大するように努力していきたい」と話している。