迷子を送り届けようとして逮捕された事件が埼玉であった。あいさつしただけで不審者とされるケースも増えている。背景には、子どもを狙った凶悪事件の多発があるが、過剰反応とは言えないのか。教育評論家で法政大教授の尾木直樹さんに、話を聞いた。
「おはよう」とニヤニヤすると不審者になる
教育評論家の尾木直樹さん
――「親切心」から小学1年の女児を連れ回した無職の男を逮捕した埼玉県警に、ネット上で批判が巻き起こっています。
尾木 埼玉の事件は、昔なら美談になりこそすれ、逮捕はありえないことですね。背景には、親や学校から見れば、過剰反応とは言えない事件が起こっていることがあります。しかし、不審者とみなされたり、逮捕されたりする現象だけ捉えれば、過剰反応であることに間違いありません。警察は「親に連絡するのが常識だ」と男を指導するのに留めるべきでした。いきなり逮捕は行き過ぎで、警察権力の横暴だと思います。
――「事件」になった背景には、不審者に対する地域社会の過剰反応があるようですね。
尾木 不審者情報はものすごく多く、ある市では、1か月で2000件も流していました。「おはよう」とニヤニヤしていただけで流れるというんですね。でも、これでは情報としての機能を果たさず、人間不信ばかり煽るのではないでしょうか。不審者はごく少数なのに、これでは逆に子どもに何かあっても、声をかけなくなると思います。ナンセンスですね。
――子どもが過剰反応するケースも多いようですね。
尾木 東北地方のある市では、子どもが知らない人から電話を受けると、無言のままだというんです。家庭や学校が、電話では相手が分かってから答えるよう指導しているからです。近所の者だと説明して初めて、「ああ、おじちゃん」と答えるそうですよ。電話で、親が不在なことがわかると襲われる恐れがあるので、ウソをつくこともあるそうです。
――なぜ保護者ら身内以外を不審者とみるようになったのですか?
尾木 高度経済成長下における近代化で、地域コミュニティが崩壊したことがあります。それは、労働者が企業に吸い取られ、地域に代わって企業が居場所になったということですね。また、家庭も同時に破壊されてしまいました。しかし、最近は、グローバル化による競争社会で、企業からも切り捨てられる人が増えています。その結果、居場所をなくし、社会への恨みが募って、復讐のための無差別殺人まで起きるようになったのですよ。
――埼玉の事件の男にも、何か問題はありますか?過剰反応の中で、自ら疑われるという危険を考えるべきだったのでしょうか?
尾木 6歳の子どもなら、私も不安になります。1時間半も車で子どもを連れ回したら、疑われると頭に入れるべきだったと思います。送り届けるのに30分以上かかるなら、警察に連絡したり連れて行ったりすべきでした。