読売1000万部、朝日800万部、毎日400万部……巨大部数を誇る全国紙。それだけ影響力が大きい「証」でもある。しかし、その部数に「暗部」を指摘する声もある。「押し紙」と呼ばれる配達されない新聞だ。全体の2割以上はある、というのが関係者の見方だ。ただ、新聞社側はその存在を認めていない。この問題に詳しいフリージャーナリストの黒薮哲哉さんに話を聞いた。
悲鳴を上げる販売店が増え始めたのはここ5~6年
経営が苦しい販売店主のところには「新聞社への入金時期に消費者金融から勧誘の電話が入ることも」と話す黒薮哲哉さん
――押し紙問題(*メモ参照)は、最初はどういうきっかけでいつごろ始まったのでしょうか。
黒薮 はっきりしませんが、かなり昔から続いています。ただ、初期のころは新聞の部数が伸びていたときで、新聞社がノルマとして多めの新聞を搬入しても景品をつければ読者を増やすことは難しくなかった。だから販売店にとってそれほど大きな負担ではなかったようです。
――それが販売店にとって迷惑なものへとその性格が変わったのはいつごろからですか。
黒薮 これもかなり以前からですが、本当にひどくなって悲鳴を上げる販売店が増え始めたのはここ5~6年でしょうか。
――そもそも販売店は、なぜ押し紙を断らないのでしょうか。実際には読者から集めることができない押し紙分の「新聞代」を負担して新聞社に納めないといけない訳で、損をするのではないですか。
黒薮 まず、新聞に折り込むチラシの収入があります。チラシの搬入枚数は、販売店が扱う新聞の総部数に準じるので、押し紙で部数を増やせばチラシの枚数も増える仕組みになっています。ですから押し紙が多ければ多いほど、チラシの収入も増えます。さらに新聞社が販売店へ補助金を支給します。つまりチラシの水増し収入と、押し紙で生じる損害を相殺するカラクリがあるのです。しかし、最近はチラシ収入が激減しています。補助金の全体像は正直つかめていませんが、少なくとも増えてはいないようです。当然、販売店は押し紙の損害を相殺できなくなってきました。それにもかかわらず新聞社と販売店の力関係は、販売店が圧倒的に弱者です。押し紙を断れないのです。それで不満の声を上げる販売店主たちが出始めた、というのが現状です。
――なぜチラシ収入が減ったのですか。
黒薮 複数の要素があります。各戸の郵便受けに直接チラシを入れるポスティング業者の登場も要因のひとつです。フリーペーパーやインターネット広告にチラシの役割を奪われた部分もあります。また、広告主の意識の変化も挙げられます。押し紙の存在が知られるようになり、新聞に折り込んでチラシを配っても本当にそんなに多数の読者の手元に届いているのか疑っている広告主もいます。また、広告による宣伝効果にも疑問を持ち始めているようです。ある不動産業者を取材すると、以前は2色刷りの新聞チラシで相当の効果があったが、近年は7色刷りの手の込んだチラシを配っても反応がない、と嘆いていました。勿論、最近では景気の影響もあります。
――実際にどの程度が押し紙なのでしょうか。
黒薮 全国的なデータはありません。個別の販売店を取材してきた私の推測では、おおむね3~4割は押し紙だとにらんでいます。もっとも地方紙は別です。地方紙の場合、押し紙をしてでも大部数にみせかけ、広告の媒体価値を競い合う必要性は全国紙に比べて薄いようです。
書類の上では押し紙はないことになっている
――4割というのはちょっと多すぎる気もしますが、具体例はありますか。
黒薮 新聞社も販売店名も分かっています。例えば九州地区のある全国紙の販売店では、07年秋に総部数2010部となっているところ、本当に読者に配っていたのは1013部でした。押し紙が997部、5割弱という計算になります。大阪では押し紙が7割という店もありました。首都圏の少ないところでも2割はあるかな、というのが実感です。必要な予備紙を計算に入れても実態は大して変わりません。
――新聞の部数は、日本ABC協会(新聞雑誌部数公査機構)が発表していますが、信頼性がある数字だと見られています。押し紙は見抜けないのでしょうか。
黒薮 ABCの数字は基本的に販売店へ搬入している部数であって、実際に配達されている数字ははっきりしません。協会の役員には各新聞社関係者がずらりと顔をそろえています。広告主側の役員もいる訳ですが、あえて押し紙に抗議して新聞社とことを構えたくはないでしょう。新聞社を相手にするのは大変です。たとえば私は、押し紙問題を取材する過程で、読売新聞西部本社サイドから2件の訴訟を起こされました。押し紙問題が表沙汰になることに相当な危機感を抱いたのだろう、と私は感じています。また、新聞社の関係者でも販売局以外の人は、押し紙の実態はよく知らないのかなという気もします。
――新聞社側は、押し紙の存在を認めているのでしょうか。
黒薮 認めていません。違法行為なので認めるわけにはいかないのでしょう。実際、販売店側が作る書類の上では押し紙はないことになっています。新聞社から、拡販しろというプレッシャーが強く、新聞拡販のノルマが達成できなければ、「怠け者」と見られてつぶされかねません。そんな状況で、自ら「実配部数」欄に押し紙を含んだ数を書き入れて、営業成績をよく見せるケースがあるのです。しかし、新聞社側からすれば、販売店が勝手にウソの数字を書き込み、信頼関係を裏切られたと主張することも可能なのです。
――そうした実態が垣間見える裁判があったそうですね。
黒薮 福岡県・筑後地区のケースです。裁判自体は、読売新聞側から解任された販売店主が地位保全を求めた訴訟です。07年12月、最高裁が読売の上告受理申し立てを退けるかたちで判決が確定したのですが、解任理由とされたのは、先ほど説明した「ウソの実配部数報告」でした。しかし、裁判の中で、「ウソの報告」をするまでに店主を追い込んだ新聞社側の体質が優越的地位の濫用にあたると指摘され、販売店の改廃は認められませんでした。
――今後どうなるでしょうか。
黒薮 チラシの減少も深刻ですが、そもそも読者も減っています。50代以上はともかく、それ以下の世代は本当に新聞を取らなくなっています。読売1000万部云々と言われ始めて10年以上たっていますが、ネットの急速な浸透で、実感として読者はここ最近相当減っているはずなのに、いまだに公表部数については、以前とほとんど同じ数字のまま。ということは、押し紙が増えていると推測できます。販売店側はもうそれを吸収できないのです。現在のような販売システムは、早晩崩壊すると予測しています。
――新聞社はどういう対策を取るのでしょうか。
黒薮 個人経営の販売店ではなく、新聞社側の資本も入った販売会社を増やしているようです。販売会社は、ある意味新聞社と一体の組織なので、押し紙に伴う金の流れも融通が利くようです。
――自主廃業する販売店は増えていますか。
黒薮 増えています。しかし、この業界は意外と縦社会というか、だれそれさんに以前世話になったので顔をつぶせないとか、外部の人間が考えるほど簡単にやめることができる訳ではなさそうです。とはいえ、経営不振のある新聞社では、普通の説得工作では追いつかないほど辞めたがっている店が出ています。このため、押し紙を減らす動きも出ているようです。閉店されてしまうと、後のなり手がいないからです。
<メモ:押し紙問題>
新聞社が、個人経営などの新聞販売店に対し、実際に読者に配達している部数より多くの新聞を「押しつけている」とされる問題。配達時に新聞が濡れたときなどに備える必要な「予備紙」(注文部数の2%まで)数を大きく上回っていると見られている。新聞社にとっては、部数が多いことは紙面広告を取る際に有利に働くことが背景にあると指摘されている。独占禁止法で禁じられている行為だ。
例えばこういう仕組みだ。新聞社がある販売店に1000部を搬入する。しかし、その販売店が本当に配っている新聞は800部だとする。するとその差の200部の大半が「押し紙」ということになる。対外的には、「この地区でうちの新聞は1000部も読まれています」と主張するという訳だ。新聞社側はその存在を認めていない。
黒薮哲哉さん プロフィール
くろやぶ てつや 1958年、兵庫県生まれ。フリージャーナリスト。1992年、「説教ゲーム」(改題:「バイクに乗ったコロンブス」)でノンフィクション朝日ジャーナル大賞「旅・異文化」テーマ賞を受賞。著書に「新聞ジャーナリズムの『正義』を問う」「新聞があぶない」「崩壊する新聞」など。