米ナスダック・ストック・マーケットのバーナード・マドフ元会長が「ねずみ講」まがいの手口で投資家から約500億ドル(約4兆5600億円)を騙し取った事件で、世界中の金融機関が損害を被っていることがわかってきた。野村ホールディングスは2008年12月15日、グループで約275億円の投資残高があると発表、「損失につながる可能性がある」とした。同社のほか、フランスのBNPパリバやスイスのライヒムース、スペインの銀行大手サンタンディールなども損失を発表。金融のプロがまんまと騙された。
「ナスダック元会長」の肩書きを信用?
米ウォール街の関係者が、世界にまた大きな迷惑をかけた。米連邦捜査局(FBI)によれば、ナスダックのマドフ元会長は、運用するファンドが多額の損失を抱えていたのに好調さを装い、言葉巧みに新たな投資家から資金を集めては配当や解約金に充てていた。「ねずみ講」まがいの詐欺だった。
野村ホールディングスは、「マドフ・ファンド」に関連して直接、間接に被った損害(エクスポージャー)がグループ全体で275億円相当あったと発表した。ロイター通信などによると、フランスのBNPパリバは3億5000万ユーロの損失を計上する可能性があるという。スイスのプライベートバンカー、ライヒムースは約3億8500万スイスフランのエクスポージャーが、またスペインのサンタンディール銀行も顧客資金として23億3000万ユーロのエクスポージャーがあると発表した。
12月15日付の朝鮮日報も、大韓生命が3000万ドル、私学年金財団や韓国投資運用、ハナUBSなど10社が損失を被ったと報じている。
マドフ元会長のファンドは、もともと年10%程度の安定収益を上げていたファンドとして人気があった。これに「元ナスダック会長」の肩書きが加われば、信用力は高い。経営トップが「あうん」の呼吸で投資を決めるようなことがあっても不思議ではない。
投資銀行の場合、「投資の際には、審査はもちろん、営業やコンプライアンス、監査サイドもチェックするので、トップが勝手に決めてしまうことはない」(ある外資系証券の幹部)という。ただ、「マドフ・ファンド」に直接投資していなくても、投資している先のファンドが投資したことで間接的に損失するケースもある。
むしろ、富裕層の投資マネーを預かり、直接投資するプライベートバンクや、財団や基金の中には「トップ交渉」が少なくないという。今回の被害者の中には、プライベートバンクを通じて投資していた映画監督のスピルバーグ氏などの著名人の名前も取りざたされている。
被害者は数百人から数千人といわれ、正確な損失額も不明だが、米メディアは米金融史上で最大規模の詐欺事件と伝えている。金融のプロが、金融のプロを手玉にとった格好だ。
株式相場がよければ表面化しなかった
「マドフ・ファンド」に資金運用を任せて被害を被ったプライベートバンクや財団・基金は少なくないようだが、いまのところ米国の大手金融グループの名前は見あたらない。9月に経営破たんしたリーマン・ブラザーズの欧州・アジア部門を引き継いだ野村HDも、「(その分は)わからない」としている。
なぜ、米大手の金融グループは騙されなかったのか。国際金融アナリストの枝川二郎氏は、「米国内では悪い評判が流れていて、そういった情報を持っていたのかもしれない」と推測する。「ファンドの監査体制など、運営に疑問をもっていた投資家は少なからずいた」(前出の外資系証券の幹部)との指摘もある。
マドフ元会長の威光もあって「ねずみ講」式にお金を集めていたファンドも、金融危機の影響で株式市場が悪化、新しい資金が集まらなくなったことで事件が露見した。マドフ元会長としては「相場が反転すれば資金が集まり、まだ損失を隠せた」と思っていたに違いない。それが隠し切れなくなった。
枝川氏は「相場が悪くなると、こういった悪事は隠し通せない。限界に来ていたんでしょうね」と話す。運営実態がよくわからないファンドは世界中にまだ存在する。ファンドの悪事が、まだ炙りされる可能性があるわけだ。