発生直後は「複数犯による『年金テロ』」との見方もあった元厚生事務次官宅連続襲撃事件だが、警視庁にナイフを持って出頭、犯行を供述したのは46歳の無職男だった。事件の背景をめぐっては、動機が不明と指摘するマスコミが多い。その一方で、「容疑者には精神疾患があるのでは」との見方も浮上しており、責任能力の有無が今後の焦点になる可能性もでてきた。
34年前、保健所に家族を殺された仇討ち
次官経験者が相次いで狙われ、3人が死傷するという異例の犯行に、当初、専門家からは「組織的な犯行なのでは」「年金行政に恨みを持った結果なのでは」などという予測が相次いだ。
ところが、逮捕されたのは、46歳の無職男だった。事件から5日目の11月22日。21時ごろ、東京・霞ヶ関の警視庁本部に男がレンタカーで乗り付け、警察官に「おれが事務次官を殺した」などと話した。社内から血のついたサバイバルナイフが見つかったため、男は銃刀法違反の容疑で逮捕された。逮捕されたのは、さいたま市北区在住、無職小泉毅(たけし)容疑者(46)。
注目を集めているのが、不可解な犯行動機だ。出頭前には、報道各社のウェブサイトに「34年前、保健所に家族を殺された仇討ち」などといったメッセージを送りつけ、逮捕後の取り調べに対しても
「保健所に犬を殺されたことに腹が立っていた」
「高級官僚は悪だと、大学に入ってからわかった」
などと供述しているが、保健所と元事務次官殺害とのつながりについては、明らかにならないままだ。
逮捕以前の段階でも、「奇行」が目立つ。出頭直前には、ほとんど面識のないアパートの住民に、成人向けDVD5枚を手渡していた。それ以外にも、04年には「工事の音がうるさい」などとして、建築会社の社長宅まで押しかけ、深夜にクラクションを鳴らし続けたことや、周囲の住民を自室に呼びつけて「物音がうるさい」などと激怒。その結果、複数の住民が引っ越しを余儀なくされるなど、「クレーマー」ぶりが少しずつ明らかになっている。
「大学時代に発症した可能性もある」
この背景として、小泉容疑者の精神疾患の可能性を指摘する声もある。アルファブロガーとして知られる経済学者の池田信夫さんは、ブログで
「『犬の仇討ち』というシュールな動機も、本当かどうかはわからない。むしろ統合失調症のような疾患を疑ったほうがいいだろう」
と指摘。「事件の『意味』を解説するのは無駄」などとマスコミを批判している。専門家からも、統合失調性の可能性を指摘する声が上がっている。例えば精神科医の和田秀樹さんは、
「直接診察しているわけではないので、決めつけることはできない。様々な可能性がある」
としながらも、
「統合失調性の可能性は、2~3割はあるのでは。自らへの被害を妄想的に膨らませている点や、佐賀大学に入学するまでは学業などが上手くいっていた点を踏まえると、大学時代に発症した可能性もある」
と指摘する。和田さんは、それ以外の可能性としては
「ペットロスにともなうPTSDの可能性もある」
「供述の一貫性のなさからすると、嘘を言っているのでは。病的な虚言癖の可能性もある」
とも話しており、
「今後の捜査で証拠があがってくれば、犯行の背景も絞り込まれてくるのでは」
とみている。今後の捜査で、仮に小泉容疑者の精神疾患が明らかになった場合は、公判では、責任能力の有無が焦点になる可能性もありそうだ。