元厚生事務次官宅が相次いで襲われた事件前に、インターネット上の百科事典「Wikipedia(ウィキペディア)」に、犯行を示唆する書き込みがあったと毎日新聞が誤って報じた問題で、同紙はお詫びと訂正を行った。しかし、一方で、訂正後もなお、紙面上でこの書き込みをしたユーザーを「犯行示唆と受け取れる書き込みをしたとする人物」、書き込みについては「問題の書き込み」と表現している。本当にそうだったのか。
「×は暗殺された人物を表す」が意味するもの
毎日新聞は誤報について「おわび」を掲載した
「『ネットに犯行示唆?』などの見出しで、ネット版の百科事典『ウィキペディア』に犯行を予告するような書き込みがあったと報じましたが、書き込みの時刻は事件前ではなく、事件の報道後でした。おわびして訂正します」
毎日新聞のニュースサイト「毎日jp」では、2008年11月19日に謝罪する文章を掲載したほか、同日の紙面(夕刊)でも同趣旨の「おわび」が掲載された。
「毎日jp」で問題の記事が配信されたのは、2008年11月19日未明のことだ。記事では、「『Popons』と名乗る人物」が、事件前の11月18日午後0時半頃、誰でも編集できるネット上の百科事典「Wikipedia」の「社会保険庁長官」という項目の中で、歴代長官の名前の前に「×」を記入し、「×は暗殺された人物を表す」との但し書きがあったと報じた。
さらに、「アクセスの記録などから書き込みがなされたパソコンが特定できるとみられ、捜査本部は慎重に調べている」としており、書き込みが犯行を示唆している可能性について報じたものだ。同様の記事は08年11月19日朝刊紙面にも掲載され、複数のテレビ番組でも取り上げられた。
「Popons」氏による実際の書き込みは事件報道後になされたもので、毎日新聞の記事は、「Wikipedia」の記入時刻が協定世界時(UTC)で表記されているという同サイトの基本的な仕組みについての知識を欠いたまま書かれたようだ。ただ、書き込みは明らかに「犯行予告」などとは異なる性質のもので、「×」という記号と「×は暗殺された人物を表す」という但し書きだけを見て、記者が「犯行を示唆した」という発想に至ったのかは不明だ。「×は暗殺された人物を表す」は単に年金関連で殺された、という見方を書き込んだと受け取るのが普通だ。
「Popons」氏は、「犯行の示唆」を行ったわけではないにもかかわらず、「Wikipedia」内で、
「私の書き込みが社会保険庁長官の件で、ご遺族の方々、捜査関係者の方々にたいへんなご迷惑をおかけしましたことを反省いたしております。先ほどのニュースで知りました。申し訳ございませんでした。大変申し訳ございませんでした」
と謝罪した。
「毎日新聞記者の情報ソースの扱い方が杜撰で稚拙」
同サイト内では、「Popons」氏の一部の編集ミスなどを指摘する書き込みもあったが、
「かわいそうに、毎日新聞の勘違い(UTCと日本標準時の区別が付かなかった)により、確実に連続テロの犯人扱いされましたね」
「毎日新聞記者の情報ソースの扱い方が杜撰で稚拙なだけであって、あなたが謝罪する必要はありません」
といった「Popons」氏に同情的な書き込みが相次いだ。
同氏はその後、地元警察に出頭したことを報告したほか、
「進行している重大事件について軽率な書き込みをしてしまったことを反省しています」
「毎日新聞の件に関しては、私がとやかく言う資格は無いと思います」
と反省している様子だ。
一方の毎日新聞は、2008年11月19日の紙面(夕刊)では「おわび」のほかに、「サイトの記述は事件後の書き込み」と題する記事を掲載。
「犯行示唆と受け取れる書き込みをしたとする人物が19日、『たいへんなご迷惑をかけました。私の書き込みは事件後です』との文書を同サイト内に掲載した」
「問題の書き込みは、サイト内の『社会保険庁長官』の項目で、歴代長官の表に『×は暗殺された人物を表す。』とただし書きを加え、吉原さんの名前の前に『×』を記入していた」
と報じている。ハンドルネームまで挙げて「大誤報」を流したにもかかわらず、「犯行示唆と受け取れる書き込みをしたとする人物」「問題の書き込み」などと書き込み自体を批判的に捉えている。誤報には相当の理由があった、という「弁解」にも受け取れる書き方だ。