「ノーベル物理学賞を日本人3人が独占した」。2008年10月8日付けの新聞各紙は誇らしげにこう報道した。もっとも、世界の有力紙を見ると「アメリカ人が1人、日本人が2人」になっている。どうしてこんな違いが生じたのか。
王立科学アカデミー発表では日本国籍は2人
8日付けの朝日新聞を見ると、一面トップで「ノーベル賞 日本人3氏」という大見出し。スウェーデン王立科学アカデミーは08年10月7日に南部陽一郎氏(87)、小林誠氏(64)、益川敏英氏(68)の「日本人計3人に贈ると発表した」とし、
「日本人のノーベル賞受賞は02年以来で13、14、15人目。物理学賞は同年の小柴昌俊・東京大特別栄誉教授に続き、5、6、7人目」
と書いている。他の新聞も似たような書き方だ。
しかし、世界各国の有力紙を見て見ると、
「物理学2008のノーベル賞は、アメリカのヨイチロウナンブと2人の日本人に与えられました」(仏:ルモンド電子版)
「アメリカ人と2人の日本人の物理学者がノーベル物理学賞を勝ち取りました」(米:ニューヨークタイムス)
「2人の日本人の科学者と東京生まれのアメリカ人が素粒子の発見で、2008年のノーベル物理学賞を受賞したと発表されました」(英:ロイター)
「米国の研究者ヨイチロウナンブと、日本の同僚が今年の物理学ノーベル賞を受けることになった」(独:ディ・ヴェルト)
となっていて、日本人3人が独占、という表現は見当たらない。
ちなみに、アカデミーが発表した公式リリースには、小林氏、益川氏は日本国籍で、南部氏はアメリカ国籍とはっきり記されている。南部氏は1921年に東京で生まれたが、70年に物理学の研究を続けるために米国に帰化。シカゴ大学で半世紀に渡り研究に打ち込んで、現在はシカゴ大学名誉教授。「日本人3人がノーベル賞を受賞」や「日本人のノーベル賞受賞は15人」という表現が正確なのか疑問が残る。
「どこまで日本人と表記するかは新聞社の判断」
朝日新聞に対し、なぜ海外の報道と日本の報道にズレがあるのか聞いてみたところ、同社広報部は、
「南部陽一郎氏についてノーベル賞委員会がアメリカ人と発表していることは承知しています。
南部氏は小、中、高、大学と日本で教育を受け、湯川秀樹氏の薫陶を受けて理論物理学者の道に進み、大阪市立大教授になったあと、朝永振一郎氏の推薦で渡米しそのまま米国に研究の場を構えました。
ただ、現在も大阪市立大名誉教授であり、大阪大学に特別研究室をもち、大阪府には自宅があります。そうした実情を総合的に考え、見出しや前文などでは、小林、益川両氏を含め、日本人3人に物理学賞授賞と表記する一方で、略歴などでは南部氏について『米国籍』と明記しています」
と回答した。
別の大手新聞社は、アカデミー側が「受賞したのは日本人2人、アメリカ人1人」と発表したのは知っているが、
「どこまで日本人と表記するかは新聞社の判断で、今回の場合、3人としたほうが紙面的にもインパクトがあり、特に間違っている表現ではないと考えている」
ということだった。
確かに、日本人という定義はあいまいだ。 日本の国籍ありなしは関係ないというのが日本の新聞社の考え。外国に帰化しても日本人。つまり「民族」に重きを置いているのだろう。ただ、国際社会では国籍で判断するようだ。帰化した時点で、南部氏も日系の米国人と呼ぶのが正しいことになる。