都会で暮らす人の憧れでもある「田舎暮らし」を、気軽に体験できるという「お試し暮らし」が人気を呼んでいる。空き家になっている民家を1カ月数万円で借り、農作業をしながら実生活に近い暮らしができる。一方で、格安で提供する側からすれば、高齢化が進み、過疎地域が増える中で、あの手この手で移住者を取り込もうという必死の試みなのだ。
家賃は月5000円~4万円と手ごろ
「田舎暮らし」のお試し体験が話題に(写真はイメージ)
山梨県南巨摩郡早川町は、移住希望者を対象とした「お試し暮らし」を2008年から本格的に導入している。体験者は空き家を1カ月間2万円(上下水道利用料込み)で借りて、農作業をしながら地元の住人と同じように生活する。お試し期間は3カ月間だ。早川町総務課の担当者は、「実際に田舎暮らしを体験してもらい、移住するきっかけになれば」と期待を込める。
ここではワイン用の山ぶどうや、大豆、こんにゃく芋、お茶が採れる。採れた大豆を使った豆腐や味噌作りも体験できる。自然に囲まれて農作業をやってみたいという人にはもってこいの環境だ。ところが、田舎暮らしはそれだけで務まらないという。都会のように住環境が整っていないため、住人は分担して、水道管の点検や、水道タンク内の掃除、道周辺の草刈といった作業を行う。中でも水道管の点検は都会に住んでいる人になじみがなく、はじめは戸惑う人も多い。定期点検に加え、水道が故障した場合は当番の人が対応しなければならない。ほかにも集落ごとに色んな決まりごとがある。
「以前は、町役場は空き家を斡旋するだけだったのですが、何も知らずに都会から移住してきた人が集落独特の暮らしに戸惑い、うまくいかないこともありました」
町をあげて斡旋するのにもワケがある。全人口1500人のうち、ほぼ半数が65歳以上で、高齢化が深刻だ。会社をリタイヤした50~60歳代や、田舎暮らしに興味のある若者にも来てほしいという。ちなみに、町では50、60歳代でも「若い衆」と呼ばれるそうだ。
窓口になっているNPO法人日本上流文化圏研究所によると、これまでに5件の問い合わせがあった。30歳代~50歳代が中心で、現在1組が体験中だ。体験して気に入れば、即移住することもできる。移住可能な空き家は4~5軒。基本的には賃貸で、家賃は月5000円~4万円と手ごろだ。
別荘感覚で田舎に暮らしたいという声が多数
移住はちょっと大げさだが、別荘感覚で週末だけ田舎に住みたい。そんな人にオススメなのが、都心から1~2時間で行ける近場の田舎だ。東京都心から車で2時間の栃木県矢板市も、農作業体験とセットにした「お試し田舎暮らし」を行っている。空家を月5万円で貸し出し、最長6カ月間利用できる。今の時期は米の収穫の真っ盛りだ。「体験」とはいうものの、作業は本格的で、収穫から脱穀、袋詰めといった出荷にいたるまでの全工程を行う。
窓口となる矢板市農業公社の担当者によると、出荷時は1袋あたり重さ30kgする袋を積み上げるため、慣れない人は2~3時間もすればぐったりするとか。季節によって、菊、苺、しいたけも採れる。
「先日、東京・大手町で行われた、ふるさと回帰イベントに参加したところ、都会に住みながら、時々、別荘感覚で田舎に暮らしたいという声が多かったです。09年度から賃貸物件を増やして、団塊世代を中心にPRしていきたいと思います」
ほかにも全国でお試し暮らしを斡旋する自治体や団体が増えている。総務省自治行政局過疎対策室が運営する田舎暮らしの紹介サイト「交流居住のススメ」には、現在522の団体が登録している。06年7月のスタート時から200団体増えた。ここでは「短期滞在型」、都心と田舎を行き来する「往来型」といった非移住型のプランを多く提案している。
総務省過疎対策室の担当者は、その理由についてこう話す。
「都会に住む人を対象に調査を実施したところ、田舎暮らしを体験してみたいと答えた人の割合は、20~30歳代が約3割、40~60歳代が約4、5割で、若い人ほどちょっと試したいという意見が多かったのです。短期滞在でも空き家を有効活用できて、地域活性につながります」
一方、こんなデータもある。過疎対策を進める全国組織「全国過疎地域自立促進連盟」の調査によると、08年4月1日現在、人口減少率が高い「過疎地域」は神奈川県と大阪府を除く45都道府県。また、全国の1788市町村のうち、約4割にあたる732市町村で過疎化している。高齢化が進み各地で過疎が深刻となるなか、あの手この手で移住者を取り込もうと、どこも必死だ。