給料は上がらず、仕事はきつくなる。そんな例がほんとうに増えている。国内だけで食べているところは苦しいが、海外を相手に仕事をしている企業の業績は悪くない。それが「グローバル経済」ということなのだろうか。三菱UFJ証券チーフアナリストの水野和夫氏にいったい何が起こっているのかを聞いた。
企業経営者の頭には、国内も海外もなく、もうかるところへ売る
「グローバルな時代は、日本人が海外で活躍するチャンス」と、水野和夫氏は語る。
―― 「グローバル経済」とよく言われますが、何を意味しているのでしょうか。
水 野 グローバル経済とは市場統合のプロセスだと考えています。企業がいとも簡単に国境を越えて、ヒト、モノ、カネが自由に動くことを意味します。こうした現象が出はじめたのは、1995年にルービン財務長官(当時)が「強いドルは国益」と発言したことによります。貯蓄が潤沢な日本から米国にカネを流入させたのです。その結果、米国の株式時価総額が増えました。
おカネが自由に動くためには、モノも人も動かす必要があります。そのためにはまず情報を動かすことです。おカネと情報はリンクしていますから、その意味では米国のインターネット革命の衝撃は大きなものがありました。インターネットが経済、資本、情報を集中させて、さらにスピードを加速して流通していったのです。95年がいまのグローバル化のはじまりといえます。
―― 日本で好調な企業はどこも海外で利益を上げています。半面、国内相手の企業は景気回復の実感もないままでした。
水 野 BRICSが台頭して、投資がそこに振り向けられるようになり、急速にBRICSの資本市場は膨らんでいきました。いま日本で好調な企業は、中国やインドといった新興国を利益の源泉としています。一方、海外に出て行けなかった、内需に依存している企業は思うように利益を上げられず、景気回復といっても利益を増やせませんでした。販売が国内に限定される中小企業はさらに取り残される格好になっています。 現実に、自動車産業は国内でまず優先して売り出し、その後に輸出に向かうというやり方をしていましたが、いまでは新車発表も米国が先で、あとで日本というふうに逆転してしまいました。
いまの経営者には内需、外需といった区別はありません。サブプライム問題で輸出企業の業績に陰りが見られるようですが、輸出がダメになってきたから、内需拡大などと言っている場合ではないですし、そもそも企業経営者の頭には、内需も外需もなく、もうかるところへ売っていこうという発想なんです。
―― その一方で、グローバル化によって、労働者の生活水準は低下しています。
水 野 かつては企業の利益が上がれば、労働者も相応の分配がありました。それは工場に価値があって、資本も人もそこに集まったからです。ところが、いまの企業は株主の力が大きくなって、労働者がストライキでも起こそうものなら、資本家は「では工場を売ってしまえ」となる。資本は団結することができますし、海外に逃げ出すこともできます。これでは労働者が団結しても勝ち目はありません。グローバル化によって、国や企業の成長が即所得の増加につながる、ということもなくなったわけです。だから、給料が下がるのは十分ありえることなのです。国が規制などによって労働者を守ることはできません。
個人も海外とつながって成功のチャンスを掴め
―― グローバル化は悪いことばかりではありません。
水 野 グローバル化は、日本にもチャンスをもたらします。たとえば、中国で日本の女性ファッション誌の翻訳版が爆発的に売れています。「Ray」(シェア18.8%)、「ef」(14.4%)、「ViVi」(11.3%)、「MINA」(9.9%)とシェア55%を占めているほど。ところが、肝心の日本ブランドの進出は限定的です。また、アニメーションやマンガ、フィギュアといった秋葉原文化は海外で幅広い人気ですが、ダウンロードした人から課金して利益を上げる仕組みを持つ事業者はあまりなく、大きな収益機会を逸しています。
中国に行けば何億人もの人が買う。そんなチャンスの芽があるのに気がついていない。しかも、中国でウケているファッションは決して大企業が提供しているものではありません。小さな企業が作っていて、それに中国の女性があこがれているのです。中小企業も、消費者と直接交渉して販売するルートをつくることができれば、成長していけると思います。
―― 海外で「もうける」時代に、どのように対処すればいいのでしょうか。
水 野 消費地と生産地を近づけることです。中国で利益を上げるのであれば、中国に工場を建てることが必要になります。日本ではモノをつくらなくなって、人口の減少で生産移転が進み、失業率が上がります。グローバル化への対応は、出て行くだけではジリ貧になるので、カネも、モノも、人も取り入れていくしかありません。たとえば、外資系の投資ファンドから株主提案されたJ-パワー(電源開発)も、ブルドックソースも、海外(外資)を追い出すだけではダメなのです。
政治的には「強い円」が必要です。経済政策では景気の悪いときこそ「利上げ」しかないのです。金利を下げないと中小企業の破たんが相次ぐとの指摘がありますが、利下げで助かるのは借金を背負っているところだけです。むしろ、「グローバル化が一時的なもの」と思っている人が退場せず、いつまでもいるようになります。そういった人たちは、「インフレになれば、すべて解消する」と考えているようですが、その発想も近代の仕組みが変わってしまった現代では古いといえます。
―― 国内企業に勤める人、個人はどうすべきでしょうか。
水 野 個人も海外とつながるしかありません。大リーガーを考えてみましょう。じつは野茂英雄投手がロサンゼルス・ドジャーズとマイナー契約を結んだのが、現在のグローバル化がはじまった1995年なんです。その後、続々と日本から大リーガーが誕生しています。日本のプロ野球はグローバル化が先行していて、いまのイチローや松坂大輔が大リーグで活躍しているように、海外に進出して自分の実力を発揮する、実力を試すチャンスが広がっているといえます。
三菱UFJ証券 チーフエコノミスト 水野 和夫氏
(みずの・かずお) 早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了
80年八千代証券入社、81年国際証券(八千代証券、光亜証券、野村投信販売が合併)経済調査部、98年6月同金融市場部長、99年10月同チーフエコノミスト、2000年4月執行役員。02年9月三菱証券(国際、東京三菱、三菱東京パーソナル、一成の各証券が合併)理事チーフエコノミスト、05年10月三菱UFJ証券(三菱証券、UFJつばさ証券が合併)参与、現職。
08年10月から、東洋英和女学院大学大学院 非常勤講師 国際協力学科「企業行動特殊研究」。
愛知県出身、54歳。
主な著書に、「虚構の景気回復」(中央公論社)、「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」(日本経済新聞出版社)、「資本主義2.0 宗教と経済が融合する時代」(講談社)などがある。