1バレル110ドルを割り込んで、ようやく値下がりの兆しがみえてきた。「高騰」はひと息ついたようだが、先行きは楽観できない。原油高騰の原因とメカニズム、また価格上昇を抑える施策はあるのか。世界のエネルギー事情に詳しい、野村総合研究所・事業戦略コンサルティング一部の上級コンサルタント・山内朗氏に聞いた。
年内に1バレル200ドルになる可能性はない
「原油価格は長期的には上がる」と山内朗・上級コンサルタント
―― 最近下降ぎみの原油価格ですが、また上昇するのでしょうか。
山内 原油の需給、資金の流入環境から見て、年内に1バレル200ドルになる可能性はないと思います。100ドルが120ドル、120ドルが130ドルと、1本調子で上がるようなことはまずありません。
原油高騰の勢いが加速したのは2004年です。中国の石炭の一時的な逼迫につられるようなかたちで、長期的な需要増を見越していた投機筋の資金が市場に流れ込んできました。新興国が実体を伴って経済発展をはじめ、従来のエネルギー関係者以外の機関投資家などもリアリティをもったことで、長期的には「需給がタイトになる」と確信したと考えられます。
需給バランスでみれば、中国などの新興国での需要増がやや鈍化するとしても、当分は続くでしょう。その一方で供給面では、原油価格が低かった90年代に停滞した資源開発活動の影響が、いまの状況下で表れてきているともいえます。本来であれば原油価格が高かろうが低かろうが、資源開発は安定調達、安定供給のために怠りなく続けるべきといえます。需要が伸びている以上、供給が鈍化すれば、あるいは鈍化する懸念が生じれば価格は上がります。これはマーケットメカニズムとしては当然のことです。
―― そうなると、長期的には上昇する?
山内 長期的なトレンドとしては当分のあいだ上昇基調だとは思います。ただ、北京五輪後の中国経済の停滞やサブプライムの影響で、潮目が変わる可能性があります。新興国はこの5年間、ずっと右肩上がりで発展してきましたが、需要がこれまでの調子で伸び続けるかというと疑問です。減ることはないでしょうが、鈍化する可能性はあって、それに敏感に反応する投資家はいます。短期的な投資を行うファンド資金などは、リターンが見込めないとみるとすぐに資金を引き揚げるので、短期的には原油価格が下がる可能性があるわけです。
原油から、天然ガスや石炭へのシフトが進む
―― 他のエネルギー資源が原油に代わる可能性があるのでしょうか。
山内 今後、長期的に見て一次エネルギーの構成比が変わることは間違いありません。在来型(原油)と非在来型(代替エネルギー)というよりも、原油の代わりに、まず天然ガスや石炭を使っていくことになるでしょう。天然ガスは40年から60年は持ちますし、まだ未開発のものもあります。石炭はCO2排出単位が大きいことから敬遠されそうですが、その埋蔵量は石炭の品位の問題があっても、まだ100年持ちます。
非在来型では、オイルサンドやオイルシェールへの商社による投資がはじまっています。なかでもオイルサンドは実用レベルになっていて、主にカナダやオーストラリアで開発が進められています。メタンハイトレード(凍結した状態のメタンで、永久凍土地帯に多く存在する)といった資源も埋蔵量が膨大であることはわかっていても、とにかく開発には多くの資金が必要で、時間がかかります。
また、太陽光などの自然エネルギーは欧州の導入促進政策のおかげで大流行ですが、世界的需給への影響という観点からはインパクトはあまりありません。むしろ、そうした自然エネルギーの流行によって、既存の電力供給システムの効率を落とすようなことがないように適切な導入をいかに図っていくかが問題となります。一瞬のエネルギーは大きいのに、長期的に安定供給できないのが自然エネルギーの宿命です。既存の電力供給インフラとうまくマッチングできなければ、社会全体として非効率になってしまいますから、最適なシステムが必要になります。ただ、価格が下がれば普及する可能性がありますし、普及が進めば経済的に原油の値上げも抑えられるかもしれません。
―― 代替エネルギーが実用化されれば、原油価格は下がりますか。
山内 炭酸ガスを出さないクリーンエネルギーとして原子力は確実に伸びていきます。しかし、代替エネルギーの中では、なんと言っても石炭。これにうまくシフトすることができれば、原油価格もある程度は抑えられると思います。ただ、石炭も燃やせばCO2が出ますから、クリーンエネルギーに転換する技術が必要になります。石炭の埋蔵量は豊富ですから、ガス化利用、液化利用、CO2を削減する技術など、日本がクリーンテクノロジーを磨き、グローバルに付加価値を提供していくことはますます重要になっていくでしょう。
いずれにしても長期的に見れば、原油が枯渇性のある資源であることには変わりなく、代替エネルギーの息の長い開発努力、安定確保は重要な課題といえます。
日本にとってチャンスはある
―― 1970年代のオイルショックのとき、日本は高度な省エネ技術を得ました。いまの原油高騰がもたらすものは何なのでしょうか。
山内 1970年代のオイルショックのスタディ(経験)で得られたものはいくつかあります。産油国、資源国との付き合いの重要性を学んだこと、また高度な省エネ技術を身につけたことで、結果的に原油価格を下がったことなどです。
いまの原油高も、日本にとって、よりクリーンなエネルギーを生み出すためのチャンスといえなくもありません。あるいは、エネルギー消費のより一層の省エネ化に向けて利用方法の本質的な転換を図ることを考える時代になったというべきかもしれません。
われわれは当面、ある程度高い原油を受け入れざるを得ないでしょう。しかし、もう一段の省エネ型のビジネスやサービスのあり方、エネルギー効率の向上に何が必要かを考え、そうした活動を支えるインフラへの転換を図る。それを海外に持って行って貢献する。こういった流れをつくり出すことで価格上昇分を取り戻す、産業のたくましさが望まれます。
―― エネルギーを受け取り消費するユーザー側にできることはありますか。
山内 欧米ではここ2、3年のあいだに、「スマートメーター」という電力計器(ガスまたは水道もある)をゲートウエイにした需要側の負荷管理や、これとリンクしたデマンド・レスポンスと呼ばれる料金システムなどを盛んに実施しています。昼間の電気代を高めに設定して利用を抑えるといった料金設定で、たとえば需要を抑えるために、どのくらい電気を使ったのか、あるいは電気をどのくらい送ればいいのかを、メーターを介してすぐにわかるような、双方向のIT技術を使った仕組みです。いわば、ムダを省くために消費者にインセンティブを与えて需要をコントロールするわけです。日本ではこれまでの機械式メーターを電子式メーターに取り替えていく必要があるため、本格的な展開はまだむずかしいようですが、将来は普及する可能性があります。いまは節電など、できることを地道にやっていくことですが、こうしたインフラ形成への関心を利用者が強くもつこともまた重要ではないかと思います。
山内 朗(やまのうち あきら)
野村総合研究所 事業戦略コンサルティング一部 上級コンサルタント
1963年生まれ、東京都出身。東北大学大学院工学研究科修士修了。
専門は資源・エネルギー分野の事業戦略。エネルギー資源開発、国内外の電力・ガスなどユーティリティ業界の規制緩和、業界再編研究、エネルギー業界各社の事業戦略、事業開発等、多数のプロジェクトを手がけている。