前回のコラムには各所でいろいろな反響があった。皆さまには厚く御礼申し上げるところだが、一方で「原油価格高騰の主な要因は投機にある」という説が広く流布していることを知った。政治家やマスコミがスケープゴートをつくり上げるのは世の常だが、学者や研究者がいい加減な議論を吹聴するのには驚くばかり。そこで今回はいくつかのポイントについてさらに説明を加えたい。
先物市場には価格高騰の「演出」は無理
(1)原油(現物)の売買には輸送費や保管料などのさまざまなコストがかかるので、投機筋は原則的に先物のみ売買する。原油(現物)を売買しないのだから、原油価格に直接的な影響を与えることはない。
(2)では、原油(現物)を買い占めたために価格が上がったのか?
これも違う。過去2年間の統計をみると、経済協力開発機構(OECD)の原油在庫はむしろ着実に減少傾向にある。
(3)先物は原油価格の変動率を上昇させているのか?
この答えもノー。原油先物市場のような効率的な市場では、誰かが先物価格を吊り上げようとしても、他の参加者がそれを即座に察知して価格は実需を反映するレベルに戻る。しかも先物取引市場では持ち高制限などのさまざまな規制によって、たとえば一部の大口投資家が意図的に莫大な資金を買い入れるというような不正な取引がないよう、取引所が常に監視しているため、市場を煽るような売買はまずできない。数か月にわたり一本調子で上昇するような相場を、先物市場が演出することなどとても不可能なわけだ。
(4)逆に、先物が存在しない市場はどうか。たとえば玉ねぎの価格は暴騰と暴落を繰り返している。2006年10月から2007年4月に400%上がったと思ったら、2008年3月に96%下落し、また2008年4月までに300%上がった。どちらがマシな市場かは明らかであろう。
原油ブローカーは「値下がり」で利益を得ようとしていた
(5)では、先物市場は将来の原油価格の傾向をどう予測してきただろうか?
仮にいまの価格よりも1年期日の先物価格のほうが高く、さらに2年期日の先物はもっと高い、というような状況であるとすれば、原油価格が将来上がっていくという市場のコンセンサスがあると考えられる。逆もまた真である。
実際はどうだったか。アメリカの商品先物取引委員会(CFTC)が2008年7月に公表した中間報告によると、過去4年間は期先になるほど先物価格が低くなるという状況がほぼ恒常的に続いていた。つまり、原油価格が将来下がっていくと予測されていたわけだ。
(6)今般、最も悪者にされているのが商品ファンド。原油などの先物を投資対象とする商品ファンドへの資金流入が原油価格の高騰につながった可能性が指摘されている。しかし、商品ファンドの取り次ぎをしているスワップ・ディーラー(ブローカー)について、前述のCFTCレポートはこう書いている。
「2008年の最初の5か月間、スワップ・ディーラーのポジションはネットでショート(売り持ち)だった。つまり、彼らは原油価格が下落することで利益を得る立場にいた。」
世の中では意外な因果関係が存在する可能性があるので、先物投機が原油価格にまったく影響しないとは言い切れないが、少なくとも主な原因でないことは明らかだろう。
++ 枝川二郎プロフィール
枝川二郎(えだがわ じろう)国際金融アナリスト
大手外資系証券でアナリストとして勤務。米国ニューヨークで国際金融の最前線で活躍。金融・経済のみならず政治、外交、文化などにもアンテナを張り巡らせて、世界の動きをウォッチ。その鋭い分析力と情報収集力には定評がある。