成すべきことがあればさっと集まって、成すべきことが終わればさっと散る、この集散の妙こそが「東京めたりっく通信(株)」の組織=生態系でありました。
今を去る一昔前の1999年に個人有志の手で発足したこの通信ベンチャーは、わずか2年後の2001年にはソフトバンクに吸収されて事実上の消滅を迎えました。
しかしこの間、その社名は日本中に鳴り響き、当時のNTTが強行しようとしていた ISDN・光ファイバー路線を打ち砕いて、 ADSLをブロードバンド通信の標準アクセスインフラの位置へと押し上げる最大の突進力として一世を風靡し、やんやの喝采を浴びたものでした。
実際のこと、一介の無名のベンチャーが天下の NTTの戦略的な通信政策に、これまた戦略的に正面切って対抗したのですから、日本の通信産業史に前代未聞の出来事として一世の見せ場を用意しました。
そしてこのベンチャーは見事この喝采にふさわしい答えを出したのです。成すべきことを成し遂げたのです。
頑強に拒否していた ADSLをNTTも結局は採用せざるを得ないところに追い込み、今日のブロードバンド通信天国(世界で最も安価なインフラ)を実現するという大金星を挙げたのでした。
従量課金制度は使い放題の定額料金制度へと転換し、一メガビットの通信スピードは当たり前、こう世の中は変わったのでした。しかしこのベンチャーはこの対抗戦ですっかり体力を使い果たし、いざ安定収入の獲得にむけて発進という段階で、息が切れました。
資金力が尽きて創業の個人有志は散り、偉業の達成に集い燃焼した100を越す若い志は次の経営体へと分け入って行きました。
まさに
「連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する」(「東大全共闘」安田講堂落書)
を地で行ったのでした。しかしこの価値観はこのベンチャーの組織=生態系の中に折り込み済みでした。
“WE DID IT!”
の一言を天地正大に叫べれば、これで良しと、納得していたのです。
事が終わって、いくつかの経済誌が、東京めたりっく通信の経営陣は「起業はできるが経営は出来ない連中だ」と論評しました。もし「経営」なるものが、「生き残り」が全てであるとの矮小化に真理をゆずるなら、何をか言わんやです。「経営」とは「起業の精神の延長である」とこれら経済評論誌の日ごろの主張に従えば、東京めたりっく通信は天寿を全うしたと祝福するのが正しかったのです。
なぜなら、かのソフトバンクですら躊躇した事業に敢然と挑んだのですから。未だにこうした論評がまかり通るように、日本社会は既得権益の隠微な防衛のために、国中が爛(ただ)れ切っています。この爛れを切開し切除して、膿と毒とを掻きだす真の構造改革が求められています。
この突破は現在政治の延長にはありえないでしょう。すでに小泉内閣流の構造改革はペテンでしかなかったことが自明となっています。では救いはどこにあるのか?組織=生態系の思い切った飛躍に在りと思われます。
本書はこの救い示す一助をなすために、構想改革の成功実例を、世を憂える諸氏に提供せんとするものであります。東京めたりっく通信の興亡の物語がそれです。
組織は必要である、しかし事を成しても組織を永遠に続くものと思って作ってはらない、このメッセージを伝えたいのです。既得権益の擁護のどこが間違っているかを一言すれば「村落共同体」(村社会)イデオロギーに立脚しているところです。
このイデオロギーは「何を生むか!」でなく「あと何人食えるか?」という発想が骨の髄まで染み込んでいます。本質的に「村を出る」ことを嫌います。
NTTも、情報通信技術の覇者として世界に飛び立つ本来の可能性を自ら摘んでしまい、時代に取り残された果てに、陰湿な労務屋が仕切る村社会に転落したからこそ、 ADSLを黙殺しようとしました。光ファイバー独占路線もしかり。
この種の村社会は日本中を覆っています。村を出でて村が交差するところ、そこにこそ未来の組織が生まれるのです。そこの合言葉は「何か面白いことない?」となります。面白さとは新しく一時的だからこそ本物です。そこでは、あと何人食えるかという不安の言い換えである永続性は不要となります。
近頃時代閉塞感が深まり、日本のメルトダウンなどという恐ろしい予言が飛び交い出しましたが、日本の歴史には今までは存在していなかった町や都市の開放性が主導する「面白い」時代を新たに建設してゆくことが、このメルトダウン予言への最良の対抗策でしょう。
「ああ面白かった!」という東京めたりっく通信の実感を本書がいかに豊かに伝えられたかについては、筆者の筆力では荷が重すぎたかも知れません。
通史的な一貫性に妨害されて、縦の掘り込みも浅いままです。しかし、この組織=生態系が成した事を発端から終末まで綴ることができたことに喜びを感じています。
もとより、個人に見えた世界としての完成です。しかし未完成こそ「村」を越える契機なのです。お説教はこのくらいとしましょう。どうぞ物語を楽しんでください。
2008年1月
東條 巖
現 (株)数理技研 取締役会長
元 東京めたりっく通信(株) 代表取締役社長