ひところ旅館の閉鎖が続き、さびれた温泉街というイメージが定着していた熱海が復活しつつある。ガソリン高騰の影響もあって、東京から新幹線で1時間弱で行ける熱海は「安近短」なスポットとして再び注目を集め、宿泊客も増えつつある。
大型旅館1軒潰れれば、年間数万~10万人観光客が減る
大手旅行会社JTBによると、08年の夏休み(7月15日~8月31日)に海外旅行をした人は前年に比べて17万人減の225万人、国内旅行は70万人減の7350万人でいずれも落ち込んでいる。原油高の影響でマイカーのガソリン代や飛行機の燃油代といった交通費が全体的に上がり、遠出する人が減っているためだ。そんななか、近場の観光地に注目が高まっている。温泉で有名な熱海(静岡県熱海市)では、7月の宿泊客が前年同月と比べて2割近くも増えた。
同社広報担当は、
「関東から近くに位置する熱海は、短時間で行け、海外旅行に比べると安く行けるという『安近短』が魅力なのでしょう。この夏は、家族連れの需要が伸びています」
と、話している。
子供に人気の高い海水浴場を整備し、旅館やホテルでも「食べ放題」を導入するなど、あの手この手でファミリーを取り込む策を行っている。
熱海はちょっと前まで、そんな努力をしなくても客が訪れる人気観光スポットだった。戦後間もなく新婚旅行の行き先として人気が出て、バブル期以降は社員旅行や慰安旅行での団体利用が増えた。ところが、新しい温泉スポットが台頭して影が薄くなり、10年ほど前から客離れが深刻になり、旅館やホテルが閉鎖されるたびに、「廃れた」という印象が色濃くなった。
「大型旅館が1軒潰れれば、観光客は年間で数万~10万人が減ってしまいます。それでもバブル崩壊後はなんとか持ちこたえたが、10年前からは減る一方です」
と話すのは、熱海温泉ホテル旅館協同組合の土屋基専務理事だ。
作家・森村さんの書き下ろし小説を宿泊客に配布
市が発表している宿泊施設数の推移を見ても、02年には422軒あったのが、年々10軒ずつ減り続けていて06年は361件だった。あわせて宿泊客も減っていて、07年度は前年に比べて10万人以上も減り、302万6311人だった。
危機的状況に直面して、最近ではファミリー客取り込みのほかにも、いろいろ集客策を打ち出している。温泉や海水浴のイメージが強い同市だが、実は文化人にゆかりのある地だとはあまり知られていない。そこをアピールしようという、こんなユニークな試みを数年前から行っている。例えば、熱海にも家を持つ作家・森村誠一さんが特別に書き下ろした小説を、市内に宿泊した人だけに毎年秋に配布している。本格的なサスペンスで、それを目当てに訪れる人もいるという。新しいイベントも増やしていく。これまで秋の定番イベントがなかったが、この9月からは新たに、釣り大会「フィッシングカーニバル」を行う。
ところで、フジフイルムが08年春から放送しているテレビCMでは、熱海旅行がテーマになっている。「TOKIO」の長瀬智也さん扮する写真店の店長が、旅の写真をまとめた「フォトブック」(写真集)を見て、「なんだか、すごく楽しかったような気がしてきたぞ、熱海!」と振り返る。同社広報は熱海を選んだ理由について、「近くて、海や山があっていろいろ楽しめる場所というと、まず熱海が浮かびました。視聴者にも共感してもらえるのではないかと思います」と話す。実際、視聴者から、「同じ場所に行って写真を撮りたいので、詳しく教えてほしい」などといった問い合わせがいくつもあった。今、熱海が再び注目されている。