韓国で米国産牛肉の輸入解禁に反対する活動が「反政府デモ」へと発展し、混乱が長期化している。今回は動画でリアルタイムに「実況」できる個人メディアが多数出現、これが火に油を注ぐ形になった。ただ、今回の混乱の発端が「ネット発」だったあたり、お国柄とご時世を表しているとも言えるが、識者からは「デジタルポピュリズムだ」という批判の声もあがっている。
ネット上で「米国産牛肉は危険だ」といった声が広がる
「DAUM(ダウム)」を舞台に抗議の声が広がった
今回の騒動の発端は、2008年4月中旬にまでさかのぼる。米国産牛肉のBSE(牛海綿状脳症)問題を受けて、韓国では生後30か月未満で特定危険部位を除去した米国産牛肉しか輸入を認めてこなかった。ところが、4月18日に、この年齢制限を事実上撤廃することが発表されたのだ。発表が唐突だった上に、米ブッシュ大統領との首脳会談を翌日に控えていたことから、「米国へのお土産なのでは」といった憶測が広がった。
これを受けて、ネット上で「米国産牛肉は危険だ」といった声が広がった。その主な舞台となったのが、大手ポータルサイト「DAUM(ダウム)」だ。同サイトでは、ブロガーによる記事と、マスコミのニュースが並んで表示される仕組みになっており、ブロガーの声がネット上で広く伝わるきっかけとなった。
この動きを後押しすることになったのが、テレビ番組だ。代表的な民放局であるMBCの看板報道番組「PD手帳」が4月末、「韓国人はBSEに感染しやすい遺伝子を持っている」などと報じたのだ。これを受け、ケータイのショートメールで「キスしただけでもBSEはうつるのか」といった怪情報が飛び交った。この頃から、中高生や大学生などの若者による抗議集会が始まった。
韓国政府は「米国産牛肉危険説」の打ち消しに躍起になったが、ここでもネットが大きな役割を果たすことになる。集会を鎮圧しようとする様子が、ほぼリアルタイムでネット上に流されたのだ。04年にノ・ムヒョン大統領の弾劾に反対する集会の時も同様の動きはあったが、今回は動画でリアルタイムに「実況」できる個人メディアが多数出現したのだ。機動隊員が集会参加者に暴言を吐いたり、高圧の水を浴びせる様子が生々しく伝えられることになり、新しい個人メディアの登場が火に油を注ぐ形になった。
「おぞましい『デジタルポピュリズムの勝利』」と批判
その結果、5月初旬には1万人規模だった「ろうそく集会」(ろうそくには「抗議」の意味がある)は、6月10日にはソウルだけで80万人の規模(主催者発表、警察発表では8万人)に膨れあがった。なお、この日には、混乱の責任を取って全閣僚が辞意を表明している。
それでも騒動は収まらず、批判の矛先は「ろうそく集会」を批判する「朝・中・東(朝鮮日報・中央日報・東亜日報)」と呼ばれる保守系の大手新聞社にも向けられた。各社の広告主のリストがネット上に公開され、抗議の電話をかけるように呼びかける声が相次いだのだ。各紙はその煽りを受けてページ数を減らさざるを得なくなっているほか、6月末には、デモ隊が各社の社屋を実際に襲撃するという事態に発展してもいる。その一方で、集会を支持する左派系新聞やネット系新聞は、「朝・中・東」に批判的なこともあって、通常通り広告が掲載されているという。
この「朝・中・東広告主不買運動」が展開されている舞台も、前出のポータルサイト「DAUM」だ。政府の放送通信審議委員会は、この運動を「違法」だという判定を下し、DAUMに対して、関連した書き込みを削除するように求める文書を送った。DAUM側は削除に応じる見通しだ。
一連の騒動で、韓国ではネットと政治活動が不可分であることが改めて浮き彫りになった形だが、著名な小説家、李文烈(イ・ムンヨル)氏は、これを「おぞましい『デジタルポピュリズムの勝利』」と批判。この発言をめぐって、ネット上ではさらに議論が沸騰している。政府はネット実名制の強化を発表するなど、ネット規制を進める動きも加速しており、今後、これらの運動が岐路に立たされる可能性も出てきそうだ。